く ま の 告 白


 

私の家にはくまがいる。

くまのぬいぐるみ。名前は「くまちゃん」である。

小学校6年生のとき、井筒屋というデパートでお年玉6千円をはたいて買ったのだ。12歳にとっての6千円はかなりの大金で、たしかその年にもらったお年玉は総額1万円だったはずで、つまり半分以上のお金をだして買ったのが「くまちゃん」なのである。

その当時、私にはひとつの憧れがあった。「大人になったとき、くまのぬいぐるみを宝物にしている大人でいたい」。今から思うと、なんとも馬鹿らしい考えなのだが、その頃雑誌やテレビで有名人がよく「私の宝物」といって、ぬいぐるみ、それもほとんどがくまのぬいぐるみを紹介していたのだった。それが格好いいと思った私は、「絶対に今度のお正月でもらうお年玉でくまのぬいぐるみを買うぞ」と心に決めた。単純である。

お正月も三箇日が過ぎ、やっとのこと井筒屋へ行く日がきた。お年玉を手に握りしめ、「やっと私の宝物が手にはいるっ」と胸おどらせながら上階へ。興奮しながらおもちゃ売り場にたどりついた私の目の前にぬいぐるみコーナーがあった。山積みになったぬいぐるみちゃんたち。愛らしい瞳が私を一斉にみつめる。で、でも、なにかが違う。私のイメージしていた「宝物」のぬいぐるみとはなにかが違うのだ。。。そう、私が欲しかったのは、有名人がテレビで紹介していたような外国の香りただようおしゃれなぬいぐるみだった。今ならわかる。それがいわゆる「テディベア」と呼ばれるもので、シュタイフなどのメーカーによるぬいぐるみだったということが。でも、12歳の私にはそんな知識は何もなかった。私にとって、ぬいぐるみはデパートのおもちゃ売り場に行って買うもので、だから当然、井筒屋に行けば買えると思っていた。それなのに、目の前にいるぬいぐるみと頭の中にあったくまのぬいぐるみの違いといったら。。。何なの、違う、違う、違う。そう、井筒屋で売られていたぬいぐるみは、ごく普通の「ジャパニーズぬいぐるみ」、つまり日本人顔したあかぬけない幼稚なぬいぐるみだったのである。誤解を招くようだが、もちろんかわいい。かわいいことに違いはない。でも、それだけなのである。私が思い描いていたおしゃれさはどこにも見当たらなかった。

だいたいよく考えれば、小6で12歳の女の子がおもちゃ売り場でぬいぐるみを買うこと自体が幼稚である。この頃は、おませで自分は子供でなく大人になりたいくせに、結局、自分の知識が足らず、「所詮は子供」というオチである。

でも、この何ヶ月かずーっとこの日を待ち焦がれて、やっとこの日がきたのだ。どうしても買いたかった。私は子供なりになるべく高級なぬいぐるみを買おうと思った。それがこの「くまちゃん」なのである。

イメージとはかなり違う見た目だが、この子なりのかわいさはあった。まず毛並みはバツグン。手でなでてあげるとさらっとした感触の気持ちよい毛が指のあいだをすりぬけていく。瞳もクリッとしてなかなかキュート。値段も6千円で高級だ。イメージのひとつだった「一目惚れして買う」という、夢のストーリーは満たされなかったが、結局、半分満足の半分妥協で「くまちゃん」を買った。

愛情半分で買われてしまった「くまちゃん」は、20年以上たった今もそばにいる。名前もなく「くまちゃん」という、なんとも愛想のないそのままの呼び名で22年。でも、買ったその日から23歳くらいまでは毎晩一緒に寝た。大学生になってからも、社会人になって何度か住まいがかわっても「くまちゃん」は私と一緒だった。昔、ボーイフレンドとの喧嘩の代償として「くまを捨てろ」と言われ、泣きながらゴミ箱に捨てたこともある。でも、結局その彼はあまりに私が可哀想と思ってくれたのか、くまちゃんが可哀想と思ったのか理由はよくわからないが、ゴミ箱から拾ってきてくれた。「くまちゃん」は、私のすべてをみてきてくれた。

「宝物」というのは、自分が好きで大切にしているものや愛着を感じているものを呼ぶのだが、私の場合、強制的に「くまちゃん」を買い、はじめは全くの宝物でないところからスタートして「自分の宝物」をつくった。「宝物」にはこんなケースもあるのかな。それでも「くまちゃん」は許してくれるかな。。。

よく私は、なんでも形からはいるタイプと他人から言われる。この「くまちゃん」もまさに「宝物」を形からはいってしまった異常なケースなのかもしれない。それがいいことか悪いことかは別として、それでも、私はこの「くまちゃん」に救われてきたことだけは確かだ。きっと、私はおばあさんになっても「くまちゃん」をそばに置いておくだろう。そのときは再び一緒に横で寝ているかもしれない。

心配なのは、ただ一つ。「くまちゃん」を買ってからまだ一度も洗ってないことだ。おばあさんになって一緒に眠る頃には一体どうなっているのだろう。。。

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2004年11月22日号掲載