苦 手 な 電 話



電話が苦手である。いつからそうなったのだろう。

ここ二年近く、もしくはそれ以上、自宅の電話をほとんど使っていない。使うのは、月に二度ほど実家へ近況を知らせるため、親孝行のふりとして電話をかける程度。あとは、いくらベルがなっても受話器をとらない。最新の電話器の性能はよく知らないが、我が家の中途半端に古い電話では、ベルが鳴ってもどこの誰からかかってきたのかがわからないので、受話器をとるのに相当勇気がいる。
だから受話器をとらない。

今使っている一代前の電話器だったら、留守番録音サービスを自分が使いたいときだけ使うようにできていたので(使いたくないときは、オフにできたのである)、外出するときなどは自分でボタンを押してセットしていた。ところが、今の電話器は、5〜6回コールして受話器をとらないと、主人の私に了承もなく勝手に留守番電話のメッセージが流れ、勝手にメッセージを承るようにプログラムされている。別に相手からのメッセージを承ってくれなくてもよいのに。。。
これが気に入らない。
だから最近は、カセットテープに録音ができないよう、テープを巻きあげてしまった。
それからのメッセージは、「のちほどおかけなおしください」のセリフにかわった。
のちほどおかけなおしていただいても、私が受話器をあげることはないのだけれど。。。

こんなことを書くと、まるで自分が対人恐怖症か、ひきこもりか、相当な嫌われ者か、それとも冷酷人間か、はたまたあぶない人たちに追われているように思われそうだが、実際はそんなことはない。
ただ、この二年近くのあいだに我が家へ電話をかけてくださった方は、いずれかの印象を私に抱いたかもしれない。

電話の記憶をさかのぼってみる。

子供の頃は、誰もがそうであったように、自宅の電話が鳴ると、親から「電話とって」と言われ、よろこんで電話にでていた。相手が自分の知っている叔母だったりすると少し恥ずかしく「こんにちは」と照れてみたり、知らないセールスマンだったりすると「おかあさんいますか」と言われ、緊張しながら「かわります」と答えたりしていた。
別に何ら問題なかった。普通である。

高校卒業後、短大の寮に入ってからは、寮に公衆電話が二台しかない生活が続いた。まだこの頃は、携帯電話がなかった時代。
門限が平日は夜の7時、土日は9時という厳しい寮では、この電話が唯一、私達寮生の頼りの綱というか、外界とをつなぐかけがえのない糸であった。だからこの頃は、電話がないと生きていけなかったし、逆に手紙もよく書いた。

その後、短大を卒業して一人暮らしとなり、はじめて電話を買った。電話に「権利」というのがあり、それを持ってないとNTTから電話番号をもらえないことなどをこのときはじめて知った。電話器は買うものだ、ということさえ知らなかった。
またこの頃は、長電話だって平気だった。嫌いというより好きだったぐらいで、ずっと受話器を耳にあてて痛くなったり、途中で眠りそうになりながらもどうでもいい話を続けたりしていた。電話代が月に一万円位になったこともあった。このときのトラウマか。。。数年前にはとうとう携帯電話も買った。

こうやって私の電話人生を振り返ってみると、電話が嫌いといいながら、ずいぶんお世話になっていることに気がついた。私ったら相当勝手なものだ。

昔、一度、親に叱られたことがある。
「たまには電話くらいしなさい」と。。。余談。

結局、自分はめんどくさがりで自分勝手な人間なのだ。
電話は声だけのコミュニケーションだから、相手の表情がわからない。だから話を遮るのも難しいし、切るタイミングだって相当気をつかう。
電話がかかってきたとき、たとえ自分の都合が悪くても、相手によってはそのことをなかなか言い出せない。顔をみることができたら、表情や気配で伝達できるのに。。。
もちろん、電話だって要件だけなら問題ないのだ。それなのに要件が終わってからもすぐ切ることが悪いことのように未練たらしくどうでもいいことを話するのが面倒なのだ。
別にその相手が嫌いなわけではない。普通におしゃべりするのは全然問題ない。でも、電話でだらだらしゃべるのは苦手。それだけは誤解しないでほしい。
でもでも、よく考えると相手だって、決してどうでもよくて電話をかけてきてくれているのではないということに、たった今、気がついた。多少でも私を必要としてかけてきてくれていたのかもしれない。これを書きながら、そう思った。

とすると、この二年間、悪いことをしてきたな、と思う。
みなさま、ごめんなさい。
そして、今晩は親に電話しようと思う。

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2005年2月7日号掲載