text/まだいまだ

某文学賞応募没作品
募集テーマ「7:03の物語」
まだいまだ p r o f i l e

 

 

 

アインシュタイン博士の特殊及び一般相対性理論によると、速度を持つものは持たないものに比べると、あらゆる尺度が違ってくる。西暦2051年、K氏は当選した新型の超リニアモーターカーの試乗会に参加して以来、どうやら3分間分をどこかへやってしまったようだ。

 

am07:00(部屋の中)

K氏「で、先生はなぜ私が3分前の人間だとおっしゃるんですか。それでもし仮にそれが本当だとして、何の為に私に治療が必要なんですか。しかもこんなに早朝から」

医師「Kさんがそういう風に云われるのは当然だとおもいます。心身共に健康なあなたがこうして精神科医と向き合うこと自体が、ある種屈辱的だろうし、その点で云うと私もあなたに同情的というか、心中をお察しする次第で。。」

K氏「先生、私はもうあなたの前にこうして座っているんですよ。ですから私の質問、いや、疑問に答えていただきたいし、単に同情していただくだけなら、私はもう帰りますよ」

医師「いやいや、すみません。当人を前にして私自身が益々困惑しているのです。あの超リニアモーターカーに試乗された500人以上の乗客の中で、なぜあなただけがこうなってしまったのか。いや、こうなってしまったというのは語弊がありますな。あなたには特に身体がどうだとか、どこかに障害が起きているという物理的病理的な症状というものがあるわけでもないのです。いや、むしろそうした症状がおありであった方が、対症療法的に治してゆけるのですが。。」

K氏「よくわからない。ではなぜ私が要治療者として健康省にリストアップされ、精神科医の門をたたかねばならないのですか」

医師「Kさん、先ほども云いましたが、あなたが疑問を抱かれるのは当然のことです。ですが、健康省があなたを要治療者と認定したということも事実なのです」

K氏「私には納得がいかない。先生には何の恨みもありませんが、正直に云うと、そういう風におっしゃるあなたにも限りなく疑わしい気持ちを持ってしまいます。私はこれで失礼させていただきますよ」

医師「Kさん、あなたはまだここを出て行く訳にはいかないのですよ。もし私があなたの立場だとしたら、私もあなたと全く同じ様に思い、この席を立っていることだろうとおもいます。しかし健康省が要治療者にあなたをリストアップした以上は、私はあなたを診なければいけないし、少なくともあなたを現在の状態よりも試乗前の状態に近づけなければ、今日はお帰りいただく訳にはいかないのです」

K氏「先生、あなたはご自身の仕事を全うされようとしているだけだ。しかし先生の云われたことは私の人権を無視したことだとは思われませんか。少なくとも何をどう治さなければならないのか、それを私に伝える義務があるはずです」

医師「そうですね。私にはそれをあなたに伝える義務がありますね。。僭越ながら順に説明させていただきます。Kさん、あなたは2週間前の金曜日に超リニアモーターカーの試乗者として、新橋から横浜までを空間移動されましたね」

K氏「そうです。家族全員で応募したのに、私だけが試乗者に選ばれたのです。選ばれた者は他の人に代わってもらうことはできなくて、仕方なく私一人で参加したのです」

医師「新型の超リニアモーターカーは、時速約7,000kmで、新橋と横浜間を約18秒間で走りました。それで試乗者全員の健康チェックをして、お帰りになられた。そうですね」

K氏「その通りです。確か試乗したのは、500人位居ました」

医師「丁度500人です。それに乗務員が10人でした。それで試乗後の健康チェックの結果、あなたの身体に異常が判明しました。」

K氏「先生、あなたは先ほど私には症状がない、と云われました。そして今は異常が判明したと云う。それは矛盾していませんか」

医師「矛盾しています。ですから困惑もしているのです。あなたの異常というのは3分間分若返ったということなのですから」

K氏「何故そんなことがわかるのですか」

医師「我々はそれを浦島現象と呼んでいるのですが、あなたは何らかの事情で三次元の壁を越えてしまったことになります。そして総合的な検査数値を精査した結果、あなたは3分間をどこかへ失われた、いや、若返られたということです。

K氏「もし、それが事実だとしても、なぜ私が要治療者になるのですか。3分位どうだって良いではないですか」

医師「私もそう思っています。しかし健康省が出した回答は違いました。端的に云いますと、計算が合わない、ということです。あなたが仮に新橋・横浜間で浦島現象に遭ったとして、時速7,000kmでは3分間も若返ることはできないのです」

K氏「何の何に対する式に合わないというのですか。そして仮にそれが事実だとして、何故治療が必要なのですか」

医師「相対性理論です。特殊相対性理論で計算しただけでは全く合わない。このままではあなたに相当な比重がかかってしまったということになってしまう。健康省ではこのまま見過ごす予定にしていましたが、交通省から圧力がかかった様なのです」

K氏「なぜ交通省が圧力を。。」

医師「新しい交通システムの開通に支障が生じるようです。あなた一人だとしても乗客に異常値に近いほどの過剰な比重力がかかったという事実は、最終段階まできた新型の超リニアモーターカーの開発を一から見直さなければならないほどの危険性を持っている、ということになるようです」

K氏「そんなことは私には無関係だ。そして、相対性理論が合わないなどというのは詭弁でしかない」

医師「なぜですか。あなたは高速で空間を移動したのですから、我々との相関関係で考えれば、あなたに浦島現象が起きた、というのは事実でしょう」

K氏「それが詭弁なのです。相関というのは、例えば先生からわたしを見た場合のことですよね」

医師「そうです」

K氏「では、相関という意味でわたしから先生を見れば、先生が高速移動をしたことにはなりませんか。先生、或いは先生たちの側が浦島現象を起こしておられるのではないですか」

医師「いや、高速で空間移動されたのはKさん、あなたなのですから、あなたに浦島現象が発生したのです」

K氏「相関で考えると先生にこそその浦島現象とやらが発生したのではありませんか」

医師「いいですか、高速で移動されたのはあなたで、4次元の世界をかいま見てしまったのもKさん、あなたなのですよ」

K氏「だから直線で移動もしていない筈なので、特殊相対性理論は間に合わない。どちらにしても一般相対性理論で解釈しなければならないのです。しかし、わたしも先生も常に動いているし、いや、わたしと先生だけの相関関係だけを考えるだけでは意味を為さない」

医師「いや、それをいうなら一般相対性理論にニュートン力学の応用、それにブラウン運動に地球の自転公転作用、月の引力が素粒子に及ぼす影響までをも計算に入れなくてはならなくなる。実際にこの部屋の時計は3分間遅らせてあるのですよ」

 

am07:03(部屋の外)

教授「どうだ、中の様子は」

助手「はい、やはり双方とも同じパラドックスに陥っています」

教授「今日はどっちが医師役になった?」

助手「今日は、お兄さんの方です。といっても双子の兄弟なので、顔だけでは見分けがつきませんが」

教授「そうか、近頃は兄の方が医師役に回る傾向が高いな、要チェックだ」

助手「先生、なぜこの様な終わりのない議論症候群に陥ってしまうのでしょうか」

教授「わからん。しかしアインシュタインの相対性理論の研究者に頻発しておるようだ。1905年に特殊相対性理論が発表されて既に150年近く経とうとしているのに、考えれば考える程、考えも及ばない考えであるということになってしまうようだ」

助手「それにしても不思議ですね。朝の7時にこの部屋に入れると、丁度3分後に時計の話をする」

教授「終わらない議論症候群、と仮に呼んでいるが、午前7時3分の現象は確かに不可解だ。終わらない議論症候群とは違う要素が絡んでいるのかもしれないな、要チェックだ」

助手「違う要素というと?」

教授「彼らは常に、片方が4次元異空間に擦り寄った結果による浦島現象を議論するが、時間の要素を加えると5次元、6次元、7次元という無限の次元をも考えねばならない。我々はこれを寿限無現象と呼んでいるが、寿限無現象症候群に陥ると「寿限無寿限無」という呪文を一日中唱える様になる」

助手「寿限無寿限無、ですか。。。」

教授「そうだ。寿限無寿限無だ。寿限無寿限無と云わなければ、寿限無寿限無と云わない時の倍は寿限無寿限無と云わなければ益々悪化して寿限無寿限無症候群或いは寿限無寿限無寿限無症候群に。。。」

助手「せんせい。。」