text/まだいまだ

某文学賞応募没作品
募集テーマ「7:03の物語」
まだいまだ p r o f i l e

 

 

◇◇◇◇『月刊・上方お笑い楽屋ニュース』九月号◇◇◇◇

去る八月二十三日、十三近くの淀川河川敷で、草野球の試合が行われた。噺家チーム「モッチャリーズ」対吉川興業チーム「大阪ヤローズ」が対戦し、二十四対〇で「大阪ヤローズ」がコールド勝ちした。参加者は両チームのメンバー十八名のみで、あまりにも早朝からの試合で、家族や友人などの「観客」はひとりも居なかった、という。試合時間は三十二分間。「モッチャリーズ」は試合後恒例の反省会を行った。(当事者談)


八月二十三日、午前五時五十五分
「さあ、ゲン直しに乾杯や!完敗に乾杯っ、ゆうてな。。こらっ、お前ら!笑え!あほっ!わしかてな、こんな朝っぱらから生ビール飲むとは思てへんわい!やけくそや!まだ六時前やがな。ホンマ信じられへんわ!ほな、えーか!せ〜のぉ、カンパ〜イっ!」

「かんぱーい。ぷはぁ〜五臓六腑にしみ渡る、ちゅうのはこのことやな。しかし十三もえらいとこやな。こんな朝っぱらから居酒屋が開いてんねんからなぁ。えぇ花ヤン、しかしお前何でそんなに元気やねん」

「あほか!元気も元気、カラ元気やがな!久しぶりに野球の試合やりまっせ、てキズシが云いよるから、わしも「おう、えらい久しぶりやんけ。まかしとかんかい!」て云うて、午前中開けとったんや。まあ、どっちにしてもわし今日の夕方まで営業あれへんねんけどな。ほんで、昨日キズシに明日何時からやねん、て聞いたら「兄さん、すんません。それがな、日曜はむちゃくちゃ混んでてな、えらい時間からになりましてん」て云うやろ。ほんでわしはまた、こないだみたいに晩の九時から十一時のナイターかな、と一瞬思たんや」

「そうそう、わいもそないおもたわ。こないだのナイターもひどかったで。試合の最中に照明切れて、ほとんど「消える魔球」状態で試合やっとったもんなあ」

「そうや。ほんで試合終わってから河川敷のおっさんに照明代半分返せ、云うたら『一旦もろた使用料は返せん規則です』とか云うて、あのあと日にちが変わるまでスッタモンダして、ほんま、あん時もめっちゃ疲れたで!」

「そや、あん時も場所押さえはキズシがやりよったんや。すんまへん、ナマおかわり!」

「そうや。こいつにまかせとったら、ほんまスカタンばっかりや!うわ、やっと今六時になりよったで。。いやほんでな、『兄さん、今度は晩とちゃいまっせ、お約束通り午前中とれてますねん』て云うからな『ほんならお前あやまらんでもええやんけ』て云うたらな、それが謝らなあかん位の時間ですねん、朝の五時から七時までですねん、て云うからな、わしもひっくり返って笑ろてしもたワケや。ハハハ」

「わいはびっくりしたけど、花ヤン笑ろたか。さすがにビッグな落語家はちがうなぁ」

「何をしょーもないことに感心しとんねん。えぇ、そんなもん笑わなしゃーないがな。朝の五時からプレーボールなんやから。わしは家が近いからチャリンコで来たけど、みんなどないしてここまできたんや」

「わいは、もう始発でも間にあえへんから、昨日の晩から読太兄さんと、コン太兄さん、それとこの閉太の四人でそこの商店街の雀荘で、ユニフォーム着たまんま中国四千年の歴史と文化を探究しとったんやがな」

「ユニフォーム着たまま徹マンかいな!兄さんらも大変でんなぁ。しかしソラそんなんしとったら負けて当たり前やで。わはは。あ、わしもナマ、おかわり。ほんで張本人のキズシ、お前はどうやってここまで来てん」

(半泣きで)「兄さん、よお聞いてくれはりましたなぁ」

「気色悪いなぁ。お前何泣いてんねん」

「そやかてナ、わいの住んでるとこ、奈良と三重と和歌山と大阪の県境でっしゃろ」

「おう、そやそや、なんかめちゃめちゃヤヤこしいとこに住んでるらしいなぁ」

「そうですねん。すぐに始められるようにネット張っとかなあかんと思てナ、昨日のナイターの終わる晩の十一時を目指して家を出ましてん」

「おう、そうやったんか、ほんで家を何時に出たんや」

「六時に出たんです」

「お前とっから十三の河川敷まで五時間もかかるんけ!お前五時間もあったら今や中国の奥地まで行けるぞ!」

「そやかて、えんとかボンネットとかいろいろ乗らなあかんかったし。。。」

「なんやねんそのヤエン、て」

「乗り物でんがな。わいの家ナ、山奥の谷を何個か越えたトコにおまっしゃろ。その谷を越える野猿っちゅう乗り物があるんですわ。木ぃで出来た、まあひとくちで云うたら「一人乗り自力ロープウエイ」みたいなもんですわ。。」

「ほぇ〜。そんな乗りもんがこの二十一世紀にまだあったんか。で、そのヤエンにどの位乗んねん」

「まあ、谷を三つ程。ユニフォーム着てネットかついでヘッドランプつけて野猿に一時間ほど乗って、村に着いたらボンネットに一時間半。ボンネット云うのはバスのこってすがね。ほんで、貸し自転車に一時間乗って、近鉄と京阪と地下鉄と阪急を乗り継いで十三まで来ましてん。ほんでネット張ってなんやかんやしてたらかれこれもう一時位になったからベンチで四時間寝てましてん」

「偉い!おーい、こいつにもナマおかわりやって!飲め飲め!ほんまか、凄いなそれ。ようそれで噺家がつとまるな。なんか違うビジネスに転向した方が向いてるで、それ」

「せやけど、今日の負けっぷりも見事に良かったなあ!」

「負けっぷりがええ、てなことがあるか!ほんま情けないわ。三回裏で二十四点入れられて、相手に『次の回に一点でも入れられへんかったら、まだ眠たいし、終わりまひょ』とか屈辱的なこと云われて、結局完全な完全試合で終わってしもたやないかっ!」

「まあまあ、花ヤンも参加しとったんやから、落ち着きいな。ほんでその完全な完全試合てどういうことやねん」

「あほっ!でかい声で云うな!世間様に聞こえたら恥ずかしいやないか!完全な完全試合っちゅうのはな、完全に完全な完全試合のこっちゃガナ!相手のピッチャーの球にバットが一回も当たらんと、四回十二人の打者に三十六球で全員三球三振にやられてしもたことを完全な完全試合て云うんじゃっ!」

「花ヤンの声が一番でかいと思うけど。。まあ、朝から客は誰もいてへんからまあええねんけどな。ほお、そしたらその大した記録にわいらのチームも載るわけやねんな」

「載るかっ!あほ!誰がそんなしょーもない記録載せんねん!大体わしら以外誰もこんな試合見てへんかったやないか!仮に誰かがチクって内部告発しようとしても、俺はこの噺家生命を賭けてでも断固阻止するっちゅうねんっ!兄ちゃん、チューハイライムの濃い口の特盛、急ぎでじゃんじゃん持ってきて〜っ!」

 

◇◇◇◇『月刊・上方お笑い楽屋ニュース』九月号◇◇◇◇

追伸:「モッチャリーズ」一行が反省会を終え、居酒屋を出たのは午前七時三分であった由。当日、林家花二さんは箕面の地元こども会主催のビンゴ大会の司会の仕事に穴をあけたという。尚、「完全な完全試合」と試合時間の最短記録は、草野球の歴史が始まって以来の記録として、大阪府のスポーツ課に永久に登録されることとなった。(当事者談)