安田は、中学生たちに「お前も投げろ」って言われて、しかたなく投げたそうなのだが、結局、中学生たちの投げた石も含めて、どれもホームレスたちには届いていなかった。ホームレスたちは怒って、「バイオハザード」のゾンビのように追いかけてきたので、みんなは真っ青になって逃げ、駅前でマックシェイクを飲んで帰った。

 その事件が本当の <問題> になったのは、その一件が明るみに、というかお母さんたちの知るところとなり、コーチが管理責任を問われたときのことで、じつはコーチは事件のあらましを言われる前から知っていて、なぜかというと、中学生OBの一人というのはコーチの息子だったりしたわけで、それもあってコーチは完全に開き直り、ホームレスのことを「だって、ああいう人たちは人間じゃないからね」とまで言い切ってしまったのだった。当然、こんなふうに人間的な問題をもったコーチにはもう辞めてもらうしかないという話にもなったが、週3回、昼間っから小学生の練習につきあい、土日も試合のために奉仕できるような代わりのおとながそうすぐに見つかるわけはなく、今、コーチは宙ぶらりんの立場のまま、ぼくたちにはいつものエラそうな態度のまま、週3回の練習を続けているというわけだ。もっとも、こんな男にぼくたちの管理をこれ以上任せるわけにはいかないという話になっていたから、練習には、毎回、お母さんたちが二人ずつ参加していて、ベンチに座って、水分補給用のポカリをささげ持っている。そんなに何人ものおとなに見張られながらサッカーをしているのも、じつのところ、なんだか居心地悪いんだけど。

 ……というようなあらましを土谷に教えてやりながら――ぼくは山岸蝶から聞いたのだ。山岸蝶は誰から聞いたのか、ぼくに言わなかったけれど――ぼくたちはだんだんマンションに近づいてきていた。A棟からE棟まで五つの建物に分かれた巨大マンションで、このあたりにはほかに大きな建物はない。できたのは、ぼくたちがここへ引っ越してくる半年前だそうだから、まだそんなに古くない。付近の家では「建設反対」の看板を立てていたそうだ。だからだと思うけど、マンションの近所の人たちがぼくたちに向ける目は、なんとなく冷たい気がする。

 そのとき、いちばん高いC棟の屋上で、何かがキラッと光ったように見えた。「あれっ」

 土谷がぼくの手をひっぱった。

 最初はカラスかなと思った。でもそんなでかいカラスがいるはずはないので、それはやっぱり人間なのだった。

 たいていのところと同じように、ぼくたちの住んでいるマンションも、屋上には立ち入れないようになっているはずだ。非常階段の途中に錠つきの鉄扉が付いているのである。

 小さな人影は、かがみ込んで何やらしていたが、次に、ゆらりと立ち上がったかと思うと、地面めがけて、真っ逆さまに落っこちてきた。

(連載中断中)