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text & midi/青木重雄

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ジョージ・ハミルトン・グリーン
「フラッフィー・ラッフルズ・ワンステップ」

 

 むかし習い事でマリンバをやっていたという話を人にすることがあるが、相手はうまくイメージできないらしく「マリンバって木琴の大きなやつ」というと「へえ……」という反応が返ってくることがある。で、その木琴というのが小学校の音楽の授業で使ったあの卓上木琴のことなのでよけいに「そんなのを習うんだ」ということになるわけだ。不思議がるのも無理はないなとは思う。ちょっと知っている人だと「あああれね」という感じですぐにわかってくれるが、それでもかなり変わった習い事でしょうという感じで「なんで?」となることもある。けっこうポピュラーなんだけどね、習い事の楽器としては。

 とはいえマリンバ、その他の鍵盤打楽器の音を聞いたことがないという人はいない。デパートや喫茶店でかかるイージーリスニングにもよく使われているし、なんといってもNHK「今日の料理」で富田勲作編曲の立派なマリンバアンサンブルを日常的に聴いているわけだ、私たちは。日本では吉原すみれ、種谷睦子、安倍圭子などが有名。CDもけっこう出ている。でもなんかイマイチ盛り上がりに欠けるジャンルである。南米のアルパや三味線みたいに一躍メジャーにということもないし、バイオリンやギターみたいに地方都市の文化センターでリサイタルがあるわけでもない。でもその存在はわりと知られている。中途半端である。

 1988年にNHKがカナダのパーカッショングループ「ネクサス(NEXUS)」を紹介、「スーパー・パーカッション」というタイトルで2時間番組を作っていた。韓国のパーカショングループ「サムルノリ」と共演したりして、これでマリンバもちょっとはブレイクするかと思いきや、CDは出ないは(正確に言うと量 販店で販売されなかった)、話題にならないはでがっかりした。サムルノリはその後ずいぶんブレイクしたのに。なぜマリンバには興味を持たないのか?

 バート・バカラックやカーペンターズ、現在ソフトロックと呼ばれる音楽のアレンジにはよくマリンバが使われていた。レコード屋ではイージーリスニングものとして分類されてしまうけれどカート・ベッチャーのバハ・マリンバ・バンドというのもあった。さだまさしは自分の曲のアレンジによくマリンバを使い、コンサートには必ずマリンバ奏者がいる。知ってました?まあいろんなバンドに「パーカッショニスト」というのはいて、打楽器自体はポピュラーなんだけど、その楽器のひとつという認識なのだろう。主役にはならない。マリンバ、鍵盤打楽器にも独立した演奏形態というのがあって、以前紹介したスティールドラム楽団みたいなものもあるのだけれど。

 1920年代ごろからオーケストラにシロフォンというマリンバの高音域を特化させた楽器がよく使われるようになった。その第一人者だったのがこのジョージ・ハミルトン・グリーン。天才シロフォン奏者といわれ、自身でも鍵盤打楽器の普及につとめた。彼の一番大きな仕事は鍵盤打楽器を使ったラグタイムの作曲である。彼の「シロフォニア」という曲はシロフォン・ラグの代名詞的な曲で、ピアノ伴奏のソロと4台の鍵盤打楽器用のアレンジが楽譜で売られている。私はどちらも演奏したことがあるが、板の上にたくさんのスーパーボールを弾ませるようなサウンドでとても楽しい。虫の鳴き声みたいでもあるし(KOROGIという日本のマリンバメーカーがあるくらい)。この「フラッフィー・ラッフルズ・ワンステップ」は1911年の作曲。このグリーンはバンジョーを広めた人としても有名で、最初はこの曲もバンジョーのために書かれている。

 グリーンがバンジョーやシロフォンのためのラグタイムを作曲したのは、その楽器を普及させ演奏者の境遇を改善する意味もあったのだろう。演奏の機会がないことには演奏者にお金が入らず、後継者も生まれない。現在マリンバを習う人はそれでもけっこうな数いるはずだが、演奏者としてお金を稼げる人がいったいどれだけいるだろうか。ポピュラーの世界でマリンバのスタープレイヤーが必要だが、どうしても打楽器は現代曲を扱うことが多く一般 には知られないままなのだ。

 ピアノのラグタイムはあまりにも有名だけど、シロフォンのラグタイムはほとんど知られずにいます。そんなにつまらないジャンルでもないのでどうかお見知りおきを。けっして楽器マニアの音楽というだけではなく、普段使いに十分耐えられるサウンドです。このさい気取ったことは言わないからavexあたりで出してくれないかしら、TKプロデュースで。

 

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