| 最初に彼の正体を明かしておくことにするが、河合マークとは西村健の筆名である。と言っても彼の名を知る人はまだ極少数である。彼はつくばの朗読会ポエマホリックカフェの中心メンバーであるが、詩を書きだしてまだ日は浅く、ポエマホリックカフェ以外で彼の名が出ることはほとんどない。
彼と初めて会ったときのことはよく覚えている。
2000年1月から、つくばの文化発信基地であったクリエイティブハウスAKUAKUで始まった詩の朗読会「ポエマホリックカフェ」。毎月末の7時から開かれるその朗読会からぼくのもとに一通の案内状が来たのは4月であった。後になって実行委員の誰に聞いても誰が送ったのかはわからなかったが、とにかく誰かが送った案内状がぼくをポエマホリックカフェへと誘った。ぼくは4月末日AKUAKUを訪れ、詩を読んだ。知り合いなど一人もいないカフェで、結構緊張して最初の詩を読んだことを覚えている。
河合マークこと西村健がカフェを初めて訪れたのはその翌月、5月の末日の夕刻だった。ぼくは相変わらず知り合いもいなくてただ前の方の席に座り、司会者が手に持ったカンの中から無作為にエントリーシートをつまみ出すのを眺めながら、ビールを飲んでいた。その時、隣に座っていたのが西村だった。何となく話していると、「初めて来た」と言う。後はどんな話をしたのだったか。話の内容は覚えていないが、彼がその日に読んだ詩はよく覚えている。ぼく以外にもその場に居合わせた人たちは同様に感銘したようだった。
西村は早速実行委員になり、次第にポエマホリックカフェの運営にも協力し始めた。ぼくもほぼ毎月カフェに足を運びながら次第に彼のことを知るようになった。ぼく自身もいつの間にかポエマホリックカフェ実行委員のメンバーになり接する機会が増えたからである。
彼の詩は当初から独特の世界を持っていた。ポエマホリックカフェ周辺ではそれを「西村ワールド」と呼んでいる。ではどこが独特なのか。
容易に気がつくように、彼の詩の特徴は「語り」であることだろう。誰かによって発せられる言葉。つまり彼の詩には必ず話者が存在する。このことは彼の詩の特徴の根幹を成しているように思われる。
ここで彼の詩を引用してみよう。どの詩を引用してもかまわない。どの詩にもその特徴が見られるから。ここではぼくが好きな詩をひとつ引用しよう。
笛吹きのおじさん
あのな もういっかい云うが俺はあんたがさっきから云ってるその笛吹きのおじさんなんかじゃねえ ただのちんどんやだ ちんどんや 見りゃわかんだろ だからこのがきどもと一緒んなってついてきたって あんたをどこにも連れてきゃしねえよ なんべん云ったらわかるんだよ なあ 聞いてんのかよあんた 俺だってな ひまじゃねえんだ はやいとこここいらをひとまわりしてこねえと日が暮れっちまうんだよ 俺にはな やしなわなきゃなんねえかぞくってもんがあんの わかんだろ あっ おいっ くそがき 俺のクラリネットにさわるんじゃねえ さわるんじゃねえって このくそがきが なあ なあおい おいってばよ あんた? あんたまさか泣いてんのか おい! おいよせよ おたがいがきじゃねえんだから そうだろ あんたはどう思ってるかしらねえが 俺だってもとは音大でてんだぜ あんたも頸にネクタイなんかくくって立派ななりしてんじゃねえか それがこんな人目に立つとこでめそめそするもんじゃねえぜ みっともねえ あんたもうちに帰りゃかぞくが待ってるんだろうし 明日だってしごとがあんだろ 悪いことは云わねえからさ おとなしくうち帰んなよ や それみろ 日が暮れてきやがった 日が暮れてきやがった 日が暮れてきやがったぜ さあさあ! これがさいごだ 俺はあんたをどこにも連れていきはしない 俺はあんたをどこにも連れていきはしない 俺は あんたを どこにも 連れていきは しない! だからうちへお帰り な ぼうや
読者を魅了するのはまずその語り口の妙だ。たいていその語り口は大時代的で、いったいどこの誰がこんな語りをするのかと思わざるを得ない。こんなちんどんやのおやじがいるのだろうか。しかし一方で、いたら面白いだろうなとも思わざるを得ない。これは彼の詩の最も大事な特質へとつながっていく。それは何か。
よく言われるように「語り」は「騙り」へと通じる。電藝誌上に発表された河合マーク作品を読み直して欲しい。いずれの詩は常に語られており、しかもシチュエーションはどこか嘘っぽい。もちろん嘘っぽいことは非価値ではない。それは彼の詩を際だたせる美質となっている。語りによって騙られる快楽がそこにはあると断言しても構わないとさえ思う。
ここでもう一編引用してみよう。木村ユウ氏のホームページ詩誌「 Zamboa朱欒」でも取り上げられた詩である。
トローチ
近所の仁科薬局では
女性のデリケートな部分の痒みにと書かれた
軟膏が売られている
おんなはよ
と仁科さんは言う
みいんなデリケートなとこに
痒みを感じながら
生きているんだぜ
デリケートなとこによ
知ってるか デリケートなとこ
お言葉だが
デリケートな部分なら
ぼくにもあると言うと
仁科さんはかかと笑って
ティッシュに痰を吐いた
お前さんそいつが
痒くてたまらねえってことあるかい
力いっぱい掻きむしって血が滲んで
それでも引っ掻き回さずにいられねえって
ことがさ
ぼくは
ぼくのデリケートな部分は
ふだんは大切にしまってあるので
痒くなるようなことはないがでもときどき
内から熱を帯びてとても敏感になることがある
そうするとぼくも敏感に涙もろくなってしまい
だれかにぼくのデリケートなところを
優しく撫でたりそっと息を吹きかけたりして
もらいたくてそれは堪らなくなってしまうのだ
あの仁科さん
そんなときに塗るという
お薬を置いてはいませんか 仁科さんは
つまらなそうに自分の痰を眺めながら
ねえなあと応えた
それでぼくはいつものように
トローチを一箱買って
家に帰る
ここでも薬局の仁科さんの語りは変だ。そして変な分だけ輝いている。またそれを受ける「ぼく」の応答は独り言めいているが、その「ぼく」の語りは仁科さんへの次なる語りかけへとつながっていく。巧みな語りは巧みに読者をその世界に引きずり込んでいく。
河合マークこと西村健は、ポエマホリックカフェで詩を読んでいるが、彼の詩が朗読することを前提として書かれているから「語り」の詩になっていると考えるのだとしたらそれは誤解だと思う。むしろそれは逆だろう。彼の詩が本来的に持っている詩の特質のために、彼はポエマホリックカフェにあの夕刻足を運んだのだと考える方がむしろ自然だ。ちなみに電藝に掲載された詩はポエマホリックカフェでは読まれていない作品ばかり。それがどのようなことを意味するのか、ぼくはあまりはっきりとは聞いていないような気がするが。いずれにせよ、朗読用の詩として書かれているわけではないことは確かだ。
ぼくは河合マークを電藝に紹介するときに緒言を書いた。その際「その独特の世界に読者とともに踏み込めることを週刊電藝は喜んでいる」と書いたが、その時からぼくの脳裏にあった西村ワールドとは、以上のような世界だった。まず当誌の吉田編集長がその世界にはまっていった。そして「コラード@コム」の木村ユウ氏をはじめとして反響を呼んでいった。そのことをぼくはとても喜んでいるが、まだまだ広く知られるべき詩人だと思っている。
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