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text/慧厳  



0番
 

 きっとなにか物語があって
 だれか この木を この場所を
 守りたい人がいた
 まちのなかで
 だいじなものを守るのはむずかしい
 作ることよりも 壊すことよりも
           (蟹沢奈穂「聖域」)

 紛うかたなき人類の愚行のひとつとして歴史に深く銘記されるであろうタリバンによるバーミヤンの石仏破壊は、ふたつの意味で、21世紀の幕開けとともに起こった事件として、象徴的だ。

 ひとつには、人類がいよいよ、自らの歴史の消滅に向かって胎動し始めたということの、明瞭な顕現性において。20世紀の後半に「世界遺産」という価値体系を築いた人類は、おそらく次の世紀であるこの百年の中で、その積み木を一つ一つ崩してゆくに違いない。タリバンの行為は、その端緒に過ぎないのだ。

 またひとつは、コインの裏返しのようなものだが、21世紀はもはや、何かを創る時代ではないのではないか、という予感だ。成熟した生物の究極の本能とも言える「自己破壊の衝動」、その脅威におびえる21世紀の人類にもっとも強く要請される倫理としての文化的行為とは、もはや何か大切なものを「守ること」しかないのではないか。振り返ってみた時、21世紀の歴史とは、大局的にはそういうものだった――と、いつの日か回顧されるかもしれない。だが、それを回顧するのが、人間という生物であるという保障はない。

 いずれにせよ、その点から見ても、「完成された作品」という概念を拒絶する万人参加型のアート・プロジェクトなるものの台頭と拡張は、歴史的必然とも言えるのかもしれない。我々人類はもはや、これ以上美術館に納めるべき新しい「作品」を必要とせず、「人間の絆」を守るために、アート・プロジェクトに励むのである

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