むうっと息の詰まる春の陽光が、長いコンクリートの庇の下のだだっぴろいデッキに深い影をつくって、気構えなく飛び込んだ瞬間、たちまち眩暈とともに視界が失われ、収縮したままの血管のせいで、瞼の内側に島宇宙のようなぼやけた光が流れる、それから、薄暗がりの中にようやく見えてくる、無表情な <菅原さん> に、もごもごと挨拶し、奥の事務室でタイムカードを押して、ねずみ色の作業着と帽子をクリーニングの袋にから出して、陽光をにぶくはねかえしながら、バックで着岸する銀色の車体に向かって、ベアリングがばかになってまっすぐに進まない、オレンジの塗装が剥げた鉄格子の台車を、ぎしぎしと押していくのだったが、

 

 フリーターなどという言葉もない時分のこと、決まった時刻に眼を醒ますことができない自堕落をだましだまし、ゆるやかなカーヴを描いて坂を下り、妙正寺川沿いの埃っぽい宅配便の配送センターに通いながら、分別する荷物が来るのを待つ長い時間、いろいろな人間の話を聞 かされることになった。中でも素っ頓狂だったのは、かつて誰も発想したことのない画期的なビジネス──どんなビジネスなのかは、もちろん誰にも話せない──の入念な準備の一環として、ここで働いている、という四十がらみの男の話で、様々なプランや資金のすべてを託した彼のビジネスパートナーは、すでに半年も前に、仲間の一人である彼の妻を連れて、その華々しいビジネスの舞台である南米ボルネオに発っており、その四十がらみの男は、とりあえず半年間を食いつないでくれという言葉を信じ、配送センターでの日々を過ごしながら、いまや安否すら不明のビジネスパートナーからの返事を待っているわけなのだった。男は禿げて、肥っていて、分別作業で汗をかくと、作業着を脱いでランニング姿になってしまうので、いつも <菅原さん> に怒られていた。

(以下次号)
2004年7月26日号掲載

 

text/吉田直平