「そうだ、こんなのもあるよ」ラフトレードのオヤジが取り出したのは25周年記念の「Rough Trade Shops electronic 01」。「すごいアルバムだね。Throbbing Gristle まで入っているし。おお、Thomas Leer and Rental まで入っているじゃないか」「20年前に来たと言っていたから、そこら辺、好きだと思ったんだ」オヤジはウィンクした。

 

▲ポートベロマーケット
▲ラフトレード
▲コンピレーションアルバム
▲階段のある公園
 

 

 Rough Trade には17年前も来た。

 ラフトレードというのはインディペンデント系のレコードレーベル。

 1978年にセックスピストルズが解散。1979年にはセックスピストルズのボーカルのジョニー・ロットンがジョン・ライドンと名を変えて、Public Image Ltd を結成。Joy Division や Bauhaus、Pop Group がデビュー。一方ではノイズを使ったサウンドやエレクトロニックを使ったものも多く、また現代音楽を取り入れた音楽もあった。そういう時代だったのだ。ノイズとエレクトロニックの融合を目指した代表がThrobbing Gristle であり、現代音楽系の代表は David Cuningham の Flying Lizards だと言えるだろうか。ちなみにフライング・リザーズのアルバムはラフトレードからリリースされている。それらは総じてオルタナティブと呼ばれた。(現在のオルタナティブロックとは違う。)

 既成のスターシステムを擁する音楽界に背を向けて新しいロックを作り出そうという気運が小さなレコード会社を基盤に起きあがってきていた。それらのレーベルの代表が、マンチェスターのファクトリーレコーズであり、ロンドンのラフトレードであった。

 現在は、ポートベロマーケットがガイドブックに載っていてついでのようにラフトレードも紹介してあったりするが、その頃はもちろんそんなことはなかった。だからRed Crayola というバンドのレコードスリーヴ裏に書いてあった住所だけが頼りだった。

 Blenheim Crescent W11

 本当にたったこれだけ。

 17年前はツアーだったので、ガイドさんに Blenheim Crescent ってどこにあるか知ってますかと聞くと、ちょっとたって調べてきて「良くそんなレアでお洒落なところをご存知ですねえ」と言った。おいおい、そんなお洒落なところのはずねえだろ、知ったかぶりすんなよなあと思ったものだ。じゃあ、行き方は? それは…後で調べておきます。

 しかしガイドさんはそれっきり何も教えてくれなかった。仕方なく、ビクトリア駅で "London Street Finder" という詳細な地図の本を買って調べた。行ってみると汚い町だった。通りは臭かったし。昼間から酒を飲んでいるような人たちがたくさんいた。観光名所とはとても言い難いところだった。新婚旅行でそんなところに行ったんだからなあ。つきあわされた妻もいい迷惑だったろうな。

 その点、今回はガイドブックに載っているから便利。住所を見ると、

 Talbot Road W11

とある。あれっ、以前とは住所が違うぞ。17年前と同じ場所だろうか。何しろ17年だからなあ。場所が変わっていたとしても不思議ではない。

 ちなみにロンドンにはストリートマーケットがいくつかある。カムデン・ロック・マーケットが最も有名だろうが最近はガイドブックにも取り上がられることも多い。そのせいでポートベロマーケットも載っていたのだ。

 Ladbroke Grove 駅に降りる。ガイドブックに載っている地図を見ながら向かうが、どうも方向が分からない。どんどん住宅地の方向に行っているような気がする。反対側から歩いてきた女性に聞くと逆だと言われたので、逆の方向へ。だんだん雰囲気がしてきたぞ。マーケット発見。路上に小さな屋台が並んで衣類や野菜、小物を売っている。何でもありの雰囲気。しかし町は汚い。ごみ箱の辺りはいやな匂いがする。とてもガイドブックに載せるような場所じゃないと思うけどなあ。

 17年前に来たのもここのような気がする。Talbot Road という通りを見つける。おお、ここだ、ここだ。

 後で調べてみると、Talbot Road と Blenheim Crescent は同じ道筋だった。やはり以前来たのもここだったのだ。

 中に入るとCDとレコードが。以前はあった地階がなくなっている。かつては地階ではグッズを売っていたはずだが。

 さて何を買おうかと思ってCDを物色していたが、古いものなら分かるが新しいバンドは分からないし、かといって古いものを買っていったのでは面白くない。そんなことを考えながら棚を漁っていると店主らしいオヤジが「何か探しているのか」と話しかけてきた。「Double Muffled Dolphin ってバンドありますか」と以前から探していたバンドの名を思いついたので言うと、コンピュータで検索してくれる。しかし無い。それはどこのバンドだい?ええと、確かベルギーかデンマークだと思うんだけど…。うーん、ないなあ。

 じゃあ、それはいいや。実ははるばる日本から来たんだ。20年前にも来たことがある。何か推薦してよ。

 そう言うと、オヤジは「どんな傾向がいい?」と聞くので、「エレクトロニックかなあ。David Cuningham の Flying Lizards も好きだったね」と私はかつてラフトレードがリリースしたバンドの名を挙げる。「じゃあ、これなんか、どうだい?」

 そう言いながらオヤジが取り出してきたのは、Bound for Canada というバンド。初めて聞いた。試聴させてくれる。ヘッドホンで聞いてみるが、悪くない。「どうだい?」「悪くないね」「そうだ、こんなのもあるよ」

 オヤジが次に取り出したのは、ラフトレードで作った2枚組のコンピレーションアルバム。ラフトレード25周年を記念して作ったものらしい。題して、Rough Trade Shops electronic 01 。古いものから新しいものまで入っている。リストを見ると、Faust から、New Order まで入っている。新しいものでは昨年のものもある。もっとも新しいバンドはよく知らないんだが。「ウチで作ったんだよ」とオヤジ。「すごいアルバムだね。Throbbing Gristle まで入っているし。おお、Thomas Leer and Rental まで入っているじゃないか」

 「だろ? 20年前に来たと言っていたから、そこら辺、好きだと思ったんだ」とオヤジはウィンクする。

 ちょうどオヤジの後ろにいた若い店員が「彼らはいいバンドだよ」と言いながら通り過ぎていく。

 ああ、ラフトレードは Throbbing Gristle を忘れてはいないんだ。嬉しくなってしまう。「これ、もらうよ」

 そして再びラドブロークグローヴ駅からチューブに乗る。

 再びハマースミスで乗り換え、3時半、ピカデリーサーカスへ。今日もまだ昼食をとっていなかったっけ。ホテル前のドーナッツ屋でフランスパンにBLTを挟んだものを食す。うーん、あまり美味しくはないなあ。

 部屋に荷物を置いた後でホテル周辺を散策。ホテルが繁華街にあるのはとても便利。再びカーナビーストリートあたりを散策。

 6時頃ピカデリーラインに乗り、Holborn で乗り換えて、Central Line へ。St.Paul's 駅で降りる。かつての若き友人ミホちゃんがロンドンでの留学を経て今は市内のデザイン事務所で働いているので、食事をする約束をしていた。会うのは半年ぶりだろうか。

 昨日電話で話して、「セントポールズを降りたらテムズの方に向かって下さい。テムズのほとりの階段のある公園で待っていますから」と言われたのだ。

 セントポールズで降りて道路標識を見るが、どちらがテムズか分からないので地図と見比べてこっちかなと思う方向へ。セントポール寺院が見えてきた。階段のある公園って何だ?と思ったら道の向こうに階段がたくさん見える。ここだ、ここだ。

 近づいていくと、ベンチに座っていた美しい女性が立ち上がって手を振っている

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