*B’7号(1986年3月3日)より転載

text/安宅久彦who?







 長く長くご無沙汰いたしまして申し訳ありません。

 本当にお父さんにはあいすまないと思っています。

 既にお察しのこととは思いますが、昨年の国家試験には残念ながら席次に残ることが出来ませんでした。実は、試験準備が間にあわなかったため、受験資格を得ることが出来なかったのです。

 申し開きをすることは何もありません。またもや御期待を裏切ることになり、まことに心苦しく思っております。これもひとえに僕の不勉強と意志の弱さの結果で、本当に反省しております。

 お怒りのことと存じますが、平に御寛恕下さい。

 勝手に住居を移って心配をおかけしたことについても、重ねてお詫びしなければなりません。試験の失敗の後、僕は少しばかり精神に混乱をきたし、何を見ても後悔の念に責めたてられ、特に知った人にお会いするのが何よりもつらく、乙黒先生から、大学病院に残るようにとのたってのお勧めもあったのですが、実はその先生にさえ手を挙げかねないような状態であったため、何よりもここは環境を変えることが肝心だと思われたので、今の病院に移って働かせてもらえるようはかっていただいたのです。無論すぐお知らせするつもりだったのですが、なにせそのためには試験の不首尾の御報告が先立たねばならず、そのことのあまりの気まずさにたじろいで、つい延び延びになってしまったのです。そうした情理を汲んでどうかお許し下さい。

 この土地は人気も少なく、空気も澄みやかで、ここに来てからというもの、一時変調をきたしかけていた僕の心も次第に落ち着きを取り戻していくようです。ここはかなりの高原なのですが、山の間に大きな池があり、病院の建物はその池の周囲をとりかこむように建てられています。背後の山の中腹にある隔離病棟からカーブルでゆっくりと本館まで下っていく時、池の全景が見わたせ、水面に映る山々の緑と、レンガ造りの病院の塔が視界に入ります。昼などはその池にボートを浮かべて、患者や同僚たちと一緒にじゅんさいと葦とに囲まれた中の島に渡り、そこで昼食をとる事も出来ます。水を渡って病院の方角から静かなクラシック音楽が聴こえてくる池は、野鳥の声に時折狩猟家がウサギを撃つ銃声がまじる程度の、ここちよい静けさです。

 どんな静寂な環境のなかで、今は僕も仕事の合間に本を読むくらいで、もっぱら精神の平衡を取り戻すことのみを心がけています。しかし遠からぬうちに心機一転、勉強を再開して、次の受験にそなえる心づもりであることは御報告するまでもありません。

 そうした僕の現在の状況をご理解いただいた上で、お詫びのすぐ後で心苦しいのですが、いくつかのお願い事があるのです。

 それはお金のことではありません。ここに移る以前は酒井さんから、おことづけいただいたお金を受け取り、有難く使わせていただいておりましたが、それも今では不要になりました。この病院では、僕は全くの住み込みで使ってもらっているので、生活費が少しもかかりません。また余計なお金を持ったところで、山の上では使いようもないわけです。

 ですから生活については全くご心配なさらないで下さい。お願い事というのは、勝手なようですが当分僕を一人にして、心静かな日日を過ごさせていただきたい、ということなのです。

 先だって、必要あって荷物を一個実家のほうへ送り届けたところ、その時の運送屋から僕の居所を聴き出したらしく、折りかえし亜耶から手紙が送られてきたのです。

 例によって厭らしい恨み事や嘘八百が並べだてられた兇々しい手紙です。

 その手紙を見るやいなや、僕はいちどきに以前の状態をぶりかえしてしまい、常を失ってしまいました。その時の事は覚えていませんが、その後先生がたから厳重な注意をいただき、あまつさえ晩御飯を一回抜かれたりしたところを見ると、何か良くない事を仕出かしてしまったようなのです。

 まさか五年前のようなことはないと思いますが、徐々に精神が安定してきているとはいえ、実のところまだ本当は言いがたいのです。なんとか今の平穏な状態を保って、一時も早くすっかり良くなりたいというのが目下の僕の望みなのです。

 そのために、是非どうか亜耶には二度と手紙を書かせないで下さい。

 そのうえ、まことに勝手なお願いなのですが、僕の心が落ちつくまでは、お父さんと直接お会いすることも、間接的に接触してこられることもお断りしたいのです。乙黒先生や酒井さんにも会いたくありません。以前は酒井さんに僕の生活をスパイさせておられたようですが、そのようなことも止めていただきたいのです。

 酒井さんは前の僕の部屋に忍び込んで、時々僕の下着をこっそり持ち出されるようでした。そんな事をして何の意味があるのでしょう。ここに来てもそんなことが続いたのでは、僕は本当に気が変になってしまいます。

 この病院の中にも既に探偵を何人か張り込ませていられるようですが、どうかお止め下さい。決してお父さんのためにならぬような事をはたらいたり、名誉を傷つけるような事を口にしたりはしません。僕に関してあの女が言いふらしてきた事は皆嘘です。テロリストのグループで活動しているというのも、ソヴィエトに渡って映画に出演したというのも、僕が接吻しただきえで伝染病が直るなどというのも、どれもこれもあの女の妄想に過ぎません。ましてやお父さんたちを暗殺する計画に加わっているなどとは、飛んでもありません。

 今やあの女の頭は腐りはて、そこから瘴気のように噴きでる変てこりんな幻想を抑える事が出来ないのです。出来ることなら、亜耶に関してはあれが二度と僕の前に姿を見せることのないよう、どこかへ閉じこめておいて欲しい気持ちです。

 僕が女と同棲しているなどというのも、あの女の作り話です。大学時代に交際していたモデルの女性とは、二年前に別れました。現在は本当に身一つの、潔白この上ない生活を送っているのです。

 どうか、もう一度僕を信頼なさって下さい。そして今しばらくは僕の我ままをお許しになり、再度の機会にそなえさせて下さいますよう。

 こちらに来てから、折にふれて法主様の御著作を手にしますが、中でしばしばお父さんの信心ぶかい行動について書かれてあるのが目にとまり、その度にお父さんとその徳高い治世に対していよいよ尊敬の念を深めています。この病院では、院長先生以外は誰も僕がお父さんの息子である事を知りませんが、その名声に恥じぬように立派に立ち直って努力せねばと自分に言い聞かせている昨今です。

 実家に送りました荷物は、院長先生からお父さんへのことづかり物で、中は何か知りません。くれぐれもよろしくとの事でしたので、中身は想像がつくような気もしますが、僕は関知しません。亜耶が受け取って、隠し持っていることと思いますので、必要があれば家の、僕の部屋をお探し下さい。

 今日から三日程、麓の町で市が立つというので、病院の周囲も少し賑わっています。塔に登ってみると、池のほとりの神社から町まで、ぎっしりの人出が見えるそうです。

 僕は昨日ベッドの固い枕に寝ちがえて、首がやや右に傾いたまま今朝までなおりません。痛みはないのですが、不格好なので市に行くのは止そうと思います。

 かえすがえす、不孝の数々をお許し下さい。

 ではお元気で。遠方からではありますが一層の御活躍をお祈りしています。

八 月 × 日
       伸 夫

2005年1月24日号掲載