text/吉田直平

p r o f i l e

 瓶の底のよどんだマーマレードのようなオレンジ色のたゆたいに眼を凝らすとき、いつも佇立しているぼくの若い従姉の記憶。薄青色に透ける肌をしていた。その額におちた髪の長さも色も(やや緑がかっている)はっきりと思い出すことができる。濃い眉の下の眼がちんばだったことさえ。まばらでふぞろいの睫毛。むかって左の頬骨に小さな茶色いそばかす。下唇を突き出した得意の表情(怒っているようにも、笑いがはじける寸前のようにも見える)。柔らかそうな(柔らかい)耳朶、斜めに差し込む灰色の翳。みじかい和毛に生暖かくくるまれた顔は、細い頚に支えられて重そうな頭部(おそらくは持ち上げた髪のせいでそう見える、彼女は両手を使って方までの緑色の髪を後頭部のあたりで支えている)の奥でわずかにかしげられている。

 この、まるで写真を見ているように鮮やかに停止している記憶は、しかし、やはり一枚の写真によって完全なものとなる。

 ぼくの従姉の一枚の黒白写真。それはあいにくピントがあまい。表情がぼやけている。怒っているのか笑いがはじける寸前なのか判然としないのもそのためだ。彼女はいつまでも眼にみえぬ表情を繰り返す。彼女は……どこかのホテルのロビイのようだ……右のほうから、かなり強い、七月か八月の陽光に照らされている……よく着ていた赤い短いワンピースを着て陽に灼けた腕をむき出しにしている……彼女は痩せぎすで、浅く腰掛けたグレーのソファが巨大なせいか、まるでこびとのように見える……彼女の眼つきの、挑発的な色。それは人目もあろうホテルのロビイで週刊誌のグラヴィアじみた姿勢をしていることによる、撮影者に向けた共犯的な媚態とはべつの、なんらかの隠匿された関係を思わせる。手まねきする視線、――しかしそれはぼくを見ているのではない。それはキャメラのほうを向いてさえいない。彼女はキャメラの右上あたりに、あられもない媚態を展開する。その彼女の佇立する記憶。意味がなくなるほどはるかな擬態、視線の澱。

2004年5月24日号掲載