text/吉田直平

  さもありなん、さもありなん、ほくそえむプロトン 「あたし旅行に行っ てくる。二、三週間帰らないかも」従姉が言って、彼女とぼくの疲労困憊した連日は終わりを告げたのだった。ぼくはその時なんと言ったっけ?

「二、三週間?」

「うん」

「そうか」とぼくは言った。「でも、帰ってくるんだね?」「ほんとにそう言ったの?」プロトンはあまり興味をそそられたようでもなかった。だれしもなんだかんだと忙しいのだった。彼女はいま編み機でサマーセーターを編まんとしていた。もっとも、この過去形で書かれた「今」は便宜的なものだ。ぼくの「今」はまさに数年前のあそこ、従姉の立つかたわらのキッチンテーブル上10センチにしかないのだ。「言ったとも。たしかにね」とぼくは答えた。「まあいいわ。で、彼女は?」

 彼女は「たぶんね」と言った。今でもぼくは憶えている。夜明けが始まっていて、光が台所を斜断していた。ぼくはキッチンテーブルに突っ伏して熟睡していたところを帰ってきた従姉に揺り起こされて(充血した片眼)話された言葉も半分しか理解できなかった(理解できないでいた)。彼女はどんな表情をしていただろうか? ぼくは結局それを思い出すことができないが、そのとき、彼女は泣きださんばかりだったのだ。   

 従姉といえば、 <歩くこと> が異常に好きだったと言ってよい。「ねえ歩こうよ」さんざん歩きまわったすえ駅に向かう背中にこの言葉が投げかけられるとぼくは顫えあがった。彼女とぼくはあらゆる場所、あらゆる街を経由して小さなアパートの一室に帰った。おかげでぼくはすっかり終電の時刻を気にしない習慣がついてしまった。彼女とぼくは間に合う終電にのろうともせず朝まで歩いて帰っていったのだから。市谷から竹橋を越えて皇居前、銀座、馬喰町へ。日本橋から赤坂を越えて青山へ。横浜から五反田を越えて新橋へ。低く這いまわる朝靄をゾンビのように足首でかき分けて。ふくらはぎが板のように堅くなり、シリコンが緩慢に流れるように躯のひめやかな窪みに重い睡眠不足が溜まっていった。

「それで何と言ったんだっけ?」プロトンが先を促した。いつでもプロトンの聞きたいのは、それでぼくがどうしたかということなのだ。ぼくは後になってようやくそれに思い当たる。それに思い当たったとき、プロトンはウイスキイをポケット瓶の口からじかに啜り、「ねえそれみっともないよ」と、ぼくの眼を覗き込み、自分でそう言って、車窓の外を見た。「って言いたいんでしょう」

 車内灯に照らされ、外の暗がりの中、不自然なほど遠くまで平野が広がっているのがかろうじて見えた。夜が明け始めている。ガラスに次々と細い線分が描きこまれていく。蜘蛛の糸のように粘る雨。「旅費はあるの?」ぼくはプロトンに言った。「そう言ったんだ。そのころはひどく金がなかったから。二人とも朝起きられなくて、ろくろくアルバイトもしてなかったからね」

 少し貯めてあったのよ、と従姉が答えたのでぼくはひどく驚いた。

「そんなに疑わしい眼で見ないでよ、ほんとのことなんだから」彼女は言った。「それからね」

「え?」いま考えれば、従姉の表情が思い出せないのは、あれは朝日を背にして逆光だったからだ。ぼくはそう思う。

「帰ってくるとき、あたし、あたしじゃなくなってるかもしれない」

「きみじゃなかったら、誰なのかな?」ぼくは用心深く言った。「そこにはいったい何があるの?」

「なんだっていいじゃない」

「気をひいといて、それはないでしょう」

「むかしも行ったのよ」彼女は言った。「その前のあたしは、やっぱり今のあたしじゃなかった」

「むかし?」と、ぼく。「いつ?」

「ずっと前。あたしね、自分を取り戻しに行きたいのよ」

「自分?」ぼくはのろまのように繰り返した。「ずっと前?」

2004年5月31日号掲載

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