彼女はありふれた薄茶色の麻のセーターを着ていて、首をこちらに向けたとき浮き上がる鎖骨が衿ぐりの奥に伸びている。下に何を穿いているのかは見えない。憑かれたようにいつもはいているオフホワイトのギャザースカートかもしれないしマリンブルーにレモン色のラインが入ったジョギングパンツだけかもしれない。表情からそれを探り当てるのは困難だ。彼女は午前中の豊かな斜光を顔一面に受けじりじりと厚くなる頬を意識しながら視線を俯けて眩しさを堪えているようだ。小さな翳が小鼻の両脇にシンメトリックに落ち広く高い額は実際より丸く瞼と眉の間はわずかに盛り上がっているように見えるが単に睡眠不足のために全体が腫れあがっているだけなのかもしれない。斜光が反対の方角に傾き直しもう長いこと硝子戸が開け放されたままの彼女の後ろの戸口から差し込んでくる時間では彼女の翳は反転する。額は角ばって視線の上に垂れ白眼が綿のように浮かんで見える。しかしまだその翳はシンメトリックだ。上方から、下方から、斜め下から、光はあらゆるところから差す。めまぐるしく明滅しぼやけた不定形の彼女の輪郭。わずかな間に頬に赤みがさし、ふくよかにふくらんだ幼女の顔を通りぬけ、あるいは、急激に老いさらばえていく。どの顔の中でも、彼女は強く唇を結び、あまり強く唇の端を引っ張っているので、ごく細い皺が削げた両頬に寄っている。彼女の両手はワインが入っているタンブラーに両側から触れている

 

 僕が贈った砂時計、人形が動く仕掛けのオルゴール、数多くの鏡、十二宮の絵葉書、ガラスとプラスティックの尖った破片、貝殻、タワー印ウォッシングウオイル、地球ゴマ、蜜柑の入っていたオレンジ色の網袋でつくった林檎、万年筆、ひん曲がってほんとに解けなくなった智慧の輪、壊れて回転しないコーヒーミルと柱時計の文字盤、を自分のまわりに放射状に並べ、帰ってこない僕への、投函するつもりもない手紙を書いていたミヤコ。焦茶色のノートブックにつづられる、臙脂色の細い文字のつらなり。

 カウンターの内側で水割にグラスに注ぎ、ジャーマンポテトをつくったり冷蔵庫の冷たいトマトを切ったりする勤めも辞めてしまい、ミヤコは、一日じゅう蒸し暑い部屋を閉めきって、ベビードールだけをまとい、部屋の中央にうずくまり、テーブルの上の薄いピンク調の表紙の雑誌に頭をのせて、眼の前にそそりたつグラスの表面を滑り落ちる滴を通して中に注がれたオレンジジュースを視、クロスワードパズルに嵌めこまれた思いつけない単語を探して、記憶のそこをまさぐりながら、臙脂色の途切れた文章の続きを思い浮かべながら、ヴォリュームを絞ってテレヴィの画面に映った吸血鬼の物語を眺めながら、どこまでも暗い階段を降りる若い女優の眩しそうに細められた眼のクローズアップを眺めながら、帰ってこない僕をめぐる、長い夢を見る。  

2007年1月22日号掲載