turn back to home「週刊電藝」読者登録

text/ 高梨 晶
 

くにとって、いしかわじゅんについて語ることは快楽である。

 一時ぼくはいしかわじゅんの単行本を片っ端から集めていた時期がある。彼の本はマイナーなものも多いので、古本屋あたりでずいぶん探し回ったものだ。その中でもぼくが最も好きな本は『ちゃんどら』や『メンカー』『約束の地』『うえぽん』。「ちゃんどら」はもちろんチャンドラーから来ていることはすぐ分かるだろうが、ハードボイルドのパロディである。「メンカー」は裏メンコと表メンコの戦いを描く。
 

 
   全  だ  あ    
   て  が  あ    
   ギ  そ   `   
   ャ  れ  何    
   グ  ら  と    
   に  の  い    
   ま  ス  う    
   み  テ  ス    
   れ  レ  テ    
   て  オ  レ    
   パ  タ  オ    
   ロ  イ  タ    
   デ  プ  イ    
   ィ  の  プ    
   と  ス   ゜   
   さ  ト       
   れ  |       
   て  リ       
   い  |       
   く  は       
   の          
   だ          
    ゜         
「メ

ンカー」について説明する。

 ある時期からメンコは、裏メンコと表メンコに分かれた。表メンコは裏メンコを排斥しスポーツとしてのメンコ道を確立し、いまや春と夏の全国高校メンコ選手権を開催するまでに隆盛している(もちろん甲子園のパロディである)。一方、裏メンコは路地裏での賭メンコを標榜していたが、いまは表メンコとの戦いに敗れ、裏メンコ師たちは身分を隠して全国に散ってしまった。かつての裏メンコ師総帥の忘れ形見が見つかったところから物語は始まる。いかにもありがちなストーリーの展開ではないか。現在でも同じ定型がマンガなどの、消費される物語の中では至るところに見いだされる。忘れ形見は自らの出自を否定しつつ表メンコとの戦いに巻き込まれていく。表メンコ師総帥の一人娘は型どおりに彼との恋に落ちて、戦いの中で引き裂かれていく。ああ、何というステレオタイプ。だがそれらのステレオタイプのストーリーは全てギャグにまみれてパロディとされていくのだ。それでも基本になる物語はしっかりと定型を踏んでいるので、そのずれがたまらなく刺激的だ。これはしっかりしたストーリーテリングの技術なしには不可能な技だ。もちろんギャグは極端にせこい。全国に散った裏メンコ師たちを再結集させるための合図が、昼のいこいの時間にNHKラジオから流れる「星のウラメンコ」という曲であるギャグは忘れられない。この本はいまは新刊書店では手に入らないかもしれないが、もし古本屋等で見つけたら是非読んで欲しい。

『ち
ゃんどら』はこうした彼の傾向の最初に位置する作品で、これはロボット探偵であるちゃんどらと助手のマチ子、小林少年が主人公になる。小林少年といっても彼はどう見ても中年のおじさんで、しかも実はこの探偵事務所の経営者という不思議な設定となっている。彼はかつて大根相場界の大根相場師として一世を風靡した男なのだ。彼は言う、「あの昭和38年の練馬大根の大暴落の時…売りにまわった大根天皇と、オラは命をかけて戦ったですだ。そして…オラは勝ちヤツは命を断ちましただ…」。何というプロフィール。大根などというせこい素材でなくそのまま金相場か何かに置き換えれば、いまでもあちこちで使われている定型ではないか。こうして定型的なドラマツルギーとせこいギャグが入れ替わりながら物語を彩 っていく。
 
 

こいギャグをここで一つ紹介しておこう。ちゃんどらの宿敵、風博士と世界制覇を企む謎の中国人フーマンシューの場面 。

風博士「そうか…あんたがフー・マンシューか。」
フー「アタシを知ってるね?」
風「ああ、あの「蒼ざめた馬」事件以来、暗黒街であんたの名を知らない者はいないよ。」
子分1「それどんな事件ね。」
子分2「知らないね。」
フー「あれは昭和42年の夏のことね…。」
  「銀座の並木通りを一頭の馬が狂ったように走ってたよ!」
子分1・2「オオッ 発端を聞くだけでも異様な事件ね!」
フー「アタシは狂駆するその馬の唇に……」
  「すれ違いざま深々と舌を差しこんだね!」
風「馬はさすがに驚いて蒼ざめたと言うのが事件の全貌だ…」
フー「恐ろしい事件だったね…」
子分1「全貌を聞くともっと異様ね。」
子分2「職場を間違えたね。」

 バックに斜線をふんだんに使い盛り上げるだけ盛り上げて、せこく落とすというギャグの典型である。挙げていくときりがないのでもうこれ以上はやめるが、さらに地下モノという定型があり、これは「地下スグロク」や「地下パフェ」等に結実していく。 

の後いしかわじゅんは『東京物語』などの、若者の恋愛模様を織り交ぜる作品を描いたり、実録エッセイ風の『フロムK』という作品を描いたり、その後作風の変遷を重ねていくが、ぼくにはあのころの作風がたまらなく懐かしい。

 なおいしかわじゅんには『まんがの時間』というコラム集もあり、マンガ読み(あえて批評家とは言うまい。これは良い意味である。)としても相当の力量 であることを示していることを付け加えておきたい。 (高梨・T・晶、00/12/18号)

▲このページの先頭へ

p r o f i l e
原 稿 募 集 中
あなたも <高梨 晶> になりませんか?
投稿希望者はメールフォームから
ご一報ください。