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text/キムチ

1969年にアポロ11号が打ち上げられ、ザ・キングトーンズの「グッド・ナイト・ベイビー」が流行した。東大の安田講堂が火炎と放水に包まれ、1970年には日本万国博覧会が大阪で開かれ、三波春夫が「万博音頭」を歌った。

ほとんど偶然の理由で、中場利一原作、三池崇史監督の映画『岸和田少年愚連隊 望郷』をビデオで見た。中場利一作の「岸和田少年愚連隊」のシリーズは本の雑誌社から『岸和田少年愚連隊』『岸和田少年愚連隊 血煙り純情篇』『岸和田少年愚連隊 望郷篇』の3冊が出ており、それぞれ『岸和田少年愚連隊 BOYS BE AMBITIOUS』が井筒和幸監督によって1996年に、『岸和田少年愚連隊 血煙り純情篇』が三池崇史監督によって1997年に、『岸和田少年愚連隊 望郷』は1998年に映画化されている。監督の三池崇史は、同じ1998年に『中国の鳥人』とspeedの主演した『andromedia』を監督している。(たまたま3本ともビデオで見てしまった。)

『岸和田少年愚連隊 望郷』は、大阪の南部に位置する岸和田を舞台に1969年から19970年という時代背景で、小学6年生から中学校へ成長する少年を主人公として描かれる映画だ。東京から赴任してきたらしい若く美しい女性の担任が、呆れて「バカも生きる権利があるのか」と嘆くような親を持つ、メリケン片手に喧嘩に明け暮れる破天荒な少年の日々が描かれる。呆れた少年に輪をかけたようなバカな父親は竹中直人が演じている。
私が住んでいる同じ大阪といっても岸和田は少し違った文化圏だといわれる。有名なだんじり祭りには全国から同郷の出身者が帰って来るという。手配され警察に追われるものも、警察が張っていると知っていても祭りには帰って来るという(そういう話だが、真偽は知らない。)しかし、ふと気がついて胸を突かれた事実は、この主人公の少年が我々とほとんど同世代だということだ。なるほど、ほとんど忘れかけていたが、ここに描かれているような破天荒で無茶苦茶な生活がかつて存在していたように思う。そして「バカも生きる権利があるのだ」と結論したくなる。しかし、今の時代にこんな「バカ」が本当に許されるだろうか。少なくとも、不気味な犯罪者に小学生が殺害されるような新興住宅地では、このような「バカ」は生きることを許されないように思える。

1969年にアポロ11号が打ち上げられ、ザ・キングトーンズの「グッド・ナイト・ベイビー」が流行した。東大の安田講堂が火炎と放水に包まれ、1970年には日本万国博覧会が大阪で開かれ、三波春夫が「万博音頭」を歌った。そうした風俗がこの映画の背景に描き込まれている。日本万国博覧会のテーマは「人類の進歩と調和」だった。オウム真理教の幹部世代もまたほぼ同じ世代であって、彼らは「人類の進歩と調和」という命題を生真面目に信じて二階に上がり梯子を外された人々だと私は思っている。

ところで、1999年の暮れにポルノグラフィティというグループの「アポロ」という曲が流行した。その歌詞は以下の通りだ。

アポロ
作詞:ハルイチ/作曲:ak.homma/編曲作曲:ak.homma

僕らが生まれてくるずっとずっと前にはもうアポロ11号は月に行ったっていうのに

みんながチェック入れてる限定の君の腕時計はデジタル仕様
それって僕のよりはやく進むって本当かい?ただ壊れてる

空を覆う巨大な広告塔には
ビジンが意味ありげなビショウ
赤い赤い口紅でさぁ…

僕らの生まれてくるずっとずっと前にはもう
アポロ11号は月へ行ったっていうのに
僕らはこの街がまだジャングルだった頃から
変わらない愛のかたち探してる

大統領の名前なんてさ 覚えてなくてもね いいけれど
せめて自分の信じてた夢くらいはどうにか覚えていて

地下を巡る情報に振りまわされるのは
ビジョンが曖昧なんデショウ
頭ん中バグっちゃってさぁ


僕らの生まれてくるもっともっと前にはもう
アポロ計画はスタートしていたんだろ?
本気で月へ行こうって考えたんだろうね
なんだか愛の理想みたいだね

このままのスピードで世界がまわったら
アポロ100号はどこまで行けるんだろ?
離ればなれになった悲しい恋人たちの
ラヴ・E・メール・フロム・ビーナスなんて素敵ね

僕らの生まれてくるずっとずっと前にはもう
アポロ11号は月に行ったっていうのに
僕らはこの街がまだジャングルだった頃から
変わらない愛のかたち探してる


この曲は「僕らの生まれてくるもっともっと前にはもう/アポロ計画はスタートしていたんだろ?/本気で月へ行こうって考えたんだろうね」と歌っている。アポロ11号で月に到達するなんてことは、あるいは岸和田少年の父親のように「バカ」なまねだったのかも知れない。
アポロ計画は、ケネディ大統領の公約によって推進された。60年代の初めにケネディ大統領がニクソンと大統領選を戦っているとき、アメリカはソ連との宇宙開発競争の真っ直中であり、当時アメリカは大陸間弾道ミサイルでも有人宇宙飛行でもソ連に遅れをとっていた。ソ連のフルシチョフ首相は宇宙開発技術の先行をアメリカへの政治的な優位性へと利用していた。フルシチョフがアメリカを訪問したとき、副大統領であったニクソンとテレビ討論をしているが、そこでニクソンはフルシチョフに対してカラービデオの技術を自慢している。それに対してフルシチョフは宇宙開発でソ連が先行していることを強調してほとんどそれには取り合わない態度を示している。ケネディとニクソンの大統領選で行われたテレビ討論において、ケネディはソ連に宇宙開発において追いつき追い越すことを公約する。ニクソンはアメリカはソ連に遅れをとっているわけではないと言う。ケネディは、ニクソンとフルシチョフのテレビ討論で、ニクソンがフルシチョフに対して宇宙開発においてはソ連が進んでいることを認めているではないかということを指摘し、ニクソンを黙らせてしまう。このテレビ討論がケネディとニクソンの大統現在のインターネット技術も、遡ればアメリカの軍事技術に発することが確認できるが、ロケットとビデオという技術の先進性をいまの時点で比較してみるとするならば、あるいは後者に軍配が上がるということもできるかも知れない。

「僕らの生まれてくるずっとずっと前にはもう/アポロ11号は月へ行ったっていうのに」という感覚を、我々の世代が感じ取るのはあるいは難しいことかも知れない。あるいはそれは、巨神兵の骨格が化石となって残っている、最終戦争後の世界を描いた『風の谷のナウシカ』の感覚だろうか。


参考資料
1969年(昭和44年)・11回日本レコード大賞
12月31日(水)PM7:00帝国劇場
大賞「いいじゃないの幸せならば」 佐良直美作詩:岩谷時子  作曲:いずみたく編曲:いずみたく日本ビクター1969年(昭和44年)社会・世相
〔この時代〕●米、ニクソン大統領就任●アポロ11号月面着陸 〔流行語〕●はっぱふみふみ●あっと驚くタメゴロー●やったぜ、ベイビー ●オー、モーレツ!
〔ファッション〕●シースルールック ●ブーツ ●ミディ・マキシ登場
〔物価〕●とうふ(1丁)30円 ●電話基本料金(住宅用)900円●大卒初任給 32,406円
〔ヒット商品〕 ●ブラバス

1969(昭和44)年・第20回紅白歌合戦
紅組司会=伊東ゆかり 青江三奈(3)=池袋の夜、いしだあゆみ(初)=ブルーライト・ヨコハマ、小川知子(2)=初恋の人、カルメン・マキ(初)=時には母のない子のように、越路吹雪(15) =愛の讃歌、奥村チヨ(初)=恋泥棒、水前寺清子(5)=真実一路のマーチ、由紀さおり(初)=夜明けのスキャット、伊東ゆかり(7)=宿命の祈り、岸洋子(6)=夜明けのうた、森山良子(初)=禁じられた恋、島倉千代子(13)=すみだ川、弘田三枝子(6)=人形の家、黛ジュン(3)=雲にのりたい、西田佐知子(9)=アカシアの雨が止むとき、梓みちよ(7)=こんにちは赤ちゃん、高田恭子(初)=みんな夢の中、中尾ミエ(8)=忘れられた坊や、ピンキーとキラーズ(2)=星空のロマンス、ザ・ピーナッツ(11)=ウナ・セラ・ディ東京、佐良直美(3)=いいじゃないの幸せならば、都はるみ(5)=はるみの三度笠、美空ひばり(14)=別れてもありがとう
白組司会=坂本九 布施明(3)=バラ色の月、千昌夫(2)=君がすべてさ、西郷輝彦(6)=海はふりむかない、アイ・ジョージ(10)=ク・ク・ル・ク・ク・パロマ、春日八郎(15)=別れの一本杉、ザ・キングトーンズ(初)=グッド・ナイト・ベイビー、三田明(6)=サロマ湖の空、デュークエイセス(7)=筑波山麓合唱団、菅原洋一(3)=潮風の中で、 坂本九(9)=見上げてごらん夜の星を、鶴岡正義と東京ロマンチカ(2)=君は心の妻だから、三波春夫(12)=大利根無情、橋幸夫(10)=京都・神戸・銀座、佐川満夫(3)=今は幸せかい、村田英雄(9)=王将、水原弘(6)=君こそわが命、美川憲一(2)=女とバラ、ダークダックス(12)=あんな娘がいいな、内山田洋とクールファイブ(初)=長崎は今日も雨だった、フランク永井(13)=君恋し、舟木一夫(7)=夕映えのふたり、北島三郎(7)=加賀の女、森進一(2)=港町ブルース

    
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