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比較検証
MILES DAVIS
「カインド・オブ・ブルー」

1.あまり聴いたことのない人のために

 〜20世紀に生をうけ、これを聴かずしてなんの20世紀人たるや〜

1959年にレコーディングされたこの偉大なアルバムは、40年以上が経
過しているが、新世紀に向け、その輝きをいやましている。
村井康司氏は近著「ジャズの明日へ/コンテンポラリー・ジャズの歴史」の
中で、このアルバムと、コルトレーンの「ジャイアント・ステップス」、オ
ーネットの「ジャズ来るべきもの」の3つをあげ、これら重要作が集中した
「59年」をジャズの“特異年”としている。それはそれで、ジャズ史とい
う視点では正しいのだが、私は敢えていいたい、「カインド・オブ・ブルー」
こそはレコード芸術における一つの“特異点”であり、時空を越え、その波
紋はゆっくりと広がりつづけ、未来へとこだましているのだ・・・などと書
いていると、なんだか「マイルス教」みたいになってくるので、この辺でや
めときます。

レコ・コレ増刊「無人島レコード」(無人島に、たった1枚レコードを持っ
ていけるとしたら、あなたは?という企画)では、「マイルス・アヘッド」
をあげている人は2人(小西康陽さんと渡辺亨さん、ね)もいるのに、なぜ
かこのアルバムをあげている人は誰もいなかった(まったく、もう皆さん素
直じゃないんだから・・・、あまりに大名盤すぎて、はずかしくて、畏れお
おくて、「この1枚」にあげられないんでしょうねぇ・・・)。

このアルバムについては、あまたのジャズ入門書をはじめ、中山康樹氏のマ
イルス本の諸作で充分語られているので、今さら我々探検隊がとやかく論ず
るつもりはない。
まだ聴いたことがない人、聴いたことはあっても手元にない人は、今回のこ
の徹底比較を参考に、CD、アナログ盤どれでもいいから入手してほしい。
普段、ジャズを聴かない人には、なんだかボーッと霧の向こうで演奏してい
るような、覇気のない音楽にきこえるかもしれない。
最初はそれでもいい、この音楽は「後で効く」のだ。あなたの音楽人生の中
で永遠にこだましつづける、そういう音楽なのだから。


2.間違いだらけの「カインド・オブ・ブルー」

完璧な音楽に仕上がっている「カインド・オブ・ブルー」だが、このアルバ
ムほど、ジャケ、レーベル、ライナーの表記ミスが多い作品も珍しい。
後々の話しにも関連するので、ここで主なものを列記しておく。

1)B面(2曲)の曲順表記が逆になっていた
59年8月の発売当初、B面の2曲(オール・ブルースとフラメンコ・スケ
ッチ)の曲順表記が、センターレーベル、ジャケ裏とも逆になっており、フ
ラメンコ・スケッチ、オール・ブルースの順で印刷されていた。
正しくはオール・ブルース、フラメンコ・スケッチの順で、レーベルについ
ては、59年10月の販売分から正しいものに修正された。

<レーベル比較>


[オリジナルモノ(1959年9月以前)/間違っている]


[オリジナルステレオ(1959年10月以降)/既に正されている]

しかし、裏ジャケの曲順表記については、80年代に出た日本盤のアナログ
重量盤にいたるまで、頑固なまでにオリジナルに忠実に(?)、間違ったま
まで押し通した。この曲順表記の間違いは、オリジナル盤のデザインを忠実
に再現なんて考えがうち捨てられたプラケースのCD時代になって改められ
た。96年に出たソニーのマスターサウンドの紙ジャケ盤は、オリジナルアナ
ログ盤のジャケをそのままスキャンしたようなものだが、裏ジャケのB面2
曲については、こっそりと修整してある。オリジナルのデザインにこだわり
つつ、既存のプラケースCDとの表記の整合性を重視し(あるいはクレーム
対応が面倒だという判断か?)、ようやく正しい表記になっている。

<裏ジャケの表記比較>


[59年 米コロンビア オリジナルステレオLP/
校正するなっちゅーの!]


[84年 日ソニー ディジタル・マスタリングステレオLP/
 間違いを正さない、頑固なまでのこだわりがあった]


[96年 日ソニー 紙ジャケ/こっそり修整済み!以後、
こっそり修正はCDに限り許されるようになった?]

話しは脇道にそれるが、古今東西、こうした間違いを見つけると、校正をした
くてうずうすしちゃう人がいるようで、私のもっている米オリジナル・ステレ
オ盤は、多分かつての持ち主の仕事だろうが、ご丁寧にも裏ジャケのB面曲順
に万年筆で校正をいれている。しかも本人のサイン入り!(誰だあんたは!シ
クシク・・・。更に脇道にそれるが、中古のアナログ盤を買うと、昔の持ち主
と思われる人のサインが裏ジャケに書かれているのって多いんですよねぇ。こ
れって、やはり「サイン」の文化なんでしょうね。日本の場合は、古本なんか
にハンコが押してあることが多いですよね。)

<オリジナル盤&紙ジャケ>

[大左:米オリジナル・モノ盤(CL1355)]
[大右:米オリジナル・ステレオ盤(CS8163)]
[小左:日96年マスターサウンドジャズ紙ジャケCD(SRCS9104)]
[小中:英99年ミレニアム・エディション紙ジャケCD(MILLEN101)]
[小右:日00年マスターサウンド・マイルス2000紙ジャケCD(SRCS9701)]

大半のLP、CDのデザインの元となったのが、米オリジナル・ステレオ盤である。
米オリジナル・モノ盤は当然のことながら、ジャケ上部にSTEREO<--->FEIDELITY
の表記がなく、すっきりしたデザインである。

2)A面(3曲)のピッチが実際の演奏よりも若干高くなっていた
これも、古くから指摘されていたことらしいが、92年まで放っておかれた。
なぜ放っておかれたかというと、テープが紛失していたからだ。

A面(3曲)が録音されたのは59年3月2日である。このセッションで、米
コロンビアは「マスター」、「セイフティ」、2台の3トラックレコーダーを
回していたが、その内、マスター用レコーダーの方が何らかの事情で、少しだ
け回転スピードが遅くなっていたらしい。
遅いレコーダーで録音したものを、正常スピードで再生すれば、その分ピッチ
は高くなる。誰も気付かずに、そのままレコード化されたのだ。

このピッチ問題は、80年代前半にはじめてCD化された時もそのままになっ
ていた。正常速度で録音していたセイフティが行方不明だったかららしい。
90年代に入り、このセイフティテープが発見され、92年に米国で発売され
たマスター・サウンド・ゴールドCD(CK52861)でようやく正常なピッチ
に直された。紙ジャケを含め、現在、新品として販売されているほとんどの商
品がピッチの正しいこのセイフティを元にCD化されたものである。

(しかし、考えてみると絶対音感のない私のような人間が気付かないのは分か
るが、マイルスたちミュージシャンや、自ら作曲や演奏もするプロデューサー
のテオ・マセロのような人たちが気付かないのは腑に落ちない。あくまで想像
上の話しだが、後年のテオとマイルスのテープを切り刻んで1枚のアルバムを
完成させていく手法を念頭にいれると、この時もピッチが高いことに気付きつ
つ、2人は確信犯的にこちらの方を選んだと見る方がむしろ自然かもしれない。
それに、91年にマイルスは死んだ訳ですが、そのすぐ翌年にセイフティが、
ひっこり見つかるというのもなんだか出来過ぎなような・・気がしませんか?)

3)ジャケやライナーの演奏時間表記が結構いいかげん
まあ、レコードの時間表記なんて、結構いい加減なんでしょうけど、「カイン
ド・オブ・ブルー」に関しては、ピッチの問題もあったので、後に紹介するよ
うに、今回の試聴盤全部の1曲目「SO WHAT」のタイムを測ってみたわ
けです。その結果は、その後の比較検証のコーナーで・・・。


3.「カインド・オブ・ブルー」の内容

1)収録曲
	1.So What
	2.Freddie Freeloader
	3.Blue in Green
	4.All Blues
	5.Flamenco Sketches
	
(※2018.05.07.訂正:1曲目の曲名表記が記事公開からずっと「Kind of Blue」
になっておりました。正しくはもちろん「So What」です。Twitterでご指摘くだ
さった方に感謝!)

収録曲は上記5曲。ここ1〜2年売られている輸入CDや、この5月に出たソ
ニーのDSDマスタリングの紙ジャケ盤には、フラメンコ・スケッチの別テイク
が追加されているものもある。

私個人としては、別テイクは、今年3月に出た「マイルス&コルトレーンBOX」
のような企画モノに入っていさえすればよい。奇跡的なバランスのこの作品に、
ボーナストラックを加えるとは、乱暴この上ない!
例えば、ビートルズの「サージェント・ペパーズ〜」の「ア・デイ・イン・ザ・
ライフ」の後に、「ラブリー・リタ」の別テイクが追加されることを想像して
もられば分かるはず。どうせ「資料的な価値」をうんぬんするマニアは、BOX
セットも買うのだから・・・。(く〜っ、そんなこんなで、何枚買ったことや
ら・・・。ホント、オレっていいカモだよね、ソニーさん!)

2)参加メンバー
マイルス・デイビス(tp)
ジョン・コルトレーン(ts)
キャノンボール・アダレイ(as、3曲目を除く)
ビル・エヴァンス(p、2曲目を除く)
ウイントン・ケリー(p、2曲目のみ参加)
ポール・チェンバース(b)
ジミー・コブ(ds)

このメンバーは、60年代中期のショーター、ハンコック、ロン、トニーの黄金
のクインテットと比べると、なんでもござれのフレキシビリティに欠けるきらい
もある。多分それは、グループとしての持続期間、「モード」の習熟度からくる
ものだろう。
しかし、カインド・オブ・ブルーのメンバーは、そうしたハンデをものともしな
い密度の濃い演奏を繰り広げる。コルトレーン、エヴァンス、そしてキャノンボ
ール、いずれもこの数ヶ月後にはバンドリーダーとして旗揚げする一騎当千の強
者どもである。エヴァンスは既にこのレコーディングの前から正式なメンバーで
はなくなっていたし、コルトレーンもマイルスに対して独立を打ち明けていたと
いう・・・。それがうまい具合に作用し、適度な緊張感をレコーディングに加え
たといえるだろう。
各人の演奏が実に絶妙なバランスでつり合って、均衡を保っている。いろんなと
ころで書かれていることだが、ドラムがジミー・コブではなく、フィリー・ジョ
ー・ジョーンズであったなら、ピアノがガーランドであったらなら、こうはなら
なかったはず。まさに一期一会、音楽の神様の贈り物である。

マイルスは、このアルバムを作るに当たって、幼い頃アーカンサスの教会で聴い
たゴスペルの雰囲気や、59年当時彼女と見たというアフリカン・バレエの中の
親指ピアノのサウンドがフィットするようなもの、を想定していた。しかし、演
奏された音楽は、マイルスが思い描いていたものとは違うものだった。そのため、
マイルスはこのアルバムを失敗作と位置づけた。しかし、全て意図通りであるこ
とが、果たして音楽に好結果をもたらすのか?メンバーの意図を超え、その音楽
はもの凄い高みにまで達してしまったようである。

3)レコーディング・データ
Session1
<1959年3月2日 月曜 ニューヨーク コロンビア30丁目スタジオ>
So What、Freddie Freeloader、Blue in Greenの3曲を、それぞれ1テイク
ずつ収録。ドラムのジミー・コブのインタビューによると、どの曲も短い打ち合
わせのみで、全てワンテイク(!)で録ったという。従って、この日のセッショ
ンは別テイクは存在しない。(とか、なんとかいって、また発見されたりして・
・・。)結局のこの日の3曲が、アルバムのA面にそのまま収められることにな
る。

ちなみにレコーディングがおこなれたコロンビア30丁目スタジオというのは、
かつてはロシア教会だったそうで、音の響きがよいいうことで米コロンビアが買
い取り、スタジオとして改装したものだ。(たぶん別のスタジオで録ったら、あ
んな感じの音にはならなかったはず。名盤が生まれるには、やはりこういった要
素も重要ですな。)

Session2
<1959年4月22日 月曜 ニューヨーク コロンビア30丁目スタジオ>
All Blues、Flamenco Sketchesの2曲を収録。Flamenco Sketchesは2テイク収
録される。アルバムに入っているのは2回目のテイク、ちなみにAll Bluesの方
は1テイク目は曲の最後まで演奏が続かず、完全なものはアルバムに入っている
テイクのみ。この2曲がB面となる。

さて、ここで問題である。今回、比較検証を行ったアナログ盤、プラケースCD、
紙ジャケCDそれぞれで、プロデューサー、エンジニアの表記が若干異なっている。
総合プロデューサーはテオ・マセロということは、自他ともに認めるところだから、
どうでもよいといえばそれまでだが、念のため確認しておく。

まず、ここで今回比較検証を行ったアナログ盤、CDを紹介しておく。



ずらり揃った「カインド・オブ・ブルー」。写真右下(r)は99年5月に出た
SACDだが、探検隊は発売と同時に速攻ゲットしたものの、未だにその音を聴
いたことがない。(全国のマイルスファンの家には同じように死蔵されている
SACDが何枚もあるはず!ソニーさん、実際に売れたハードとソフトの勘定あ
ってますか?)
という訳で、実際に聴いたのは17種類の「カインド・オブ・ブルー」だ!

写真左上から、
a)米コロンビア/オリジナル・モノLP(CL1355、1959年8月17日発売)
  →Six"eye"logos on label
b)米コロンビア/オリジナル・ステレオLP(CS8163、1959年8月17日発売?)
  →Six"eye"logos on label
c)米コロンビア/従来・ステレオLP(PC8163、発売時期未確認、70年代のもの?)
d)米コロンビア/デジタル・リマスター・ステレオLP(CJ40579、発売時期未確認、80年代後半?)
  →COLUMBIA JAZZ MASTERPIECES Digitally Remastered Directly From The Original Analog Tapes
e)日CBS・ソニーレコード/従来・ステレオLP(SONP50027、発売時期未確認、70年代?)
  →オレンジ帯/ジャケの文字レイアウトがオリジナルと異なる
f)日CBS・ソニー/ディジタル・マスタリング・ステレオLP(28AP2833、1984年発売)
  →マイルス・ディジタル・マスタリング・シリーズ/重量盤
g)米ClassicRecords ステレオ33回転LP(CS8163[(2)]、1995年発売)
  →リイシュー、2枚組重量盤。オリジナルフォーマットのもの1枚と、
  Side3に正しいピッチのA面、Side4にフラメンコ・スケッチの別テイクを収録。
h)米ClassicRecords ステレオ45回転LP(CS8163-45、2000年発売)
  →Classic Records 45 Series/リイシュー、4枚組重量盤、45回転片面プレス。
  Side1にソー・ホワット、Side2にフレディー・フリーローダーとブルー・イン・グリーン、
  Side3にオール・ブルース、Side4にフラメンコ・スケッチを収録。
  Side1、2とも正しいピッチのもの。

写真2段目、左から、
i)日CBS・ソニーレコード 従来・ステレオCD(CSCS5141、1990年4月21日発売)
j)米コロンビア 従来デジタル・リマスター・ステレオCD(CK40579、発売時期未確認、80年代後半?)
  →COLUMBIA JAZZ MASTERPIECES Digitally Remastered Directly From The Original Analog Tapes
k)米ソニー デジタルリミックス&リマスターCD(CK64935、1997年発売)
  →The Legacy of Columbia Jazz Series/20bitリマスター&SBM/フラメンコ・スケッチ
  の別テイク収録。
l)仏ソニー デジタルリミックス&リマスターCD(COL494853-2、1999年発売)
  →The Legacy of Columbia Jazz Series/20bitリマスター&SBM/フラメンコ・スケッチ
  の別テイク収録/WEB上のカインド・オブ・ブルーのデータが見られる「ConnecteD」付き/
  デジパックケース
m)日ソニー 「マイルス&コルトレーンBOX」(SRCS2223〜8、2000年3月発売)
  →MILES DAVIS & JOHN COLTRANE The Complete Columbia Recordings 1995-1961/
  6枚組CD BOXセット
n)米ソニー マスター・サウンド ゴールドCD(CK52861、1992年発売)
  →24kゴールドCD/20bit Super Bit Mapping(20BIT-SBM)/初の正しいピッチ
o)日ソニー マスター・サウンド 初回限定紙ジャケCD(SRCS9104、1996年9月21日発売)
  →MASTER SOUND JAZZシリーズ/20bitリマスター&SBM/正しいピッチ

写真下段、左3番目から、
p)英ソニー ミレニアム・エディション・初回限定紙ジャケCD(MILLEN101、1999年10月発売)
  →Millennium Editionシリーズ/紙ジャケはコーティング仕上げ/リマスター情報の記載なし(SBM?)/正しいピッチ
q)日ソニー マイルス・デイビス・オン・マスター・サウンド・2000・初回限定紙ジャケCD
 (SRCS9701、2000年5月24日発売)   →1ビットDSDマスタリング/正しいピッチ r)日ソニー SACD(SRGS4501、1999年5月21日発売)   →スーパーオーディオCD/1ビットDSDマスタリング/正しいピッチ/
  今回は残念ながら聴くことができず。
わぁーっ、こんなに聴いちゃった(ふへぇ〜っ)。 話しを「プロデューサー、エンジニアの表記」に戻そう・・・。 この3月に出た「マイルス&コルトレーンBOX」のブックレットには、この2人の コロンビア時代のセッション記録が、詳細に載っている。 これをみると「3月2日」、「4月22日」の2つのセッションとも、  プロデューサー:アーヴィング・タウンゼント  レコーディング・エンジニア:フレッド・プラウト となっている。5月に出たDSDマスタリング版の紙ジャケCDのライナー表記も 同じである。 これに対して、92年に出た、米ソニーのマスター・サウンド・ゴールドCDでは、  プロデューサー:テオ・マセロ  レコーディング・エンジニア:フレッド・プラウト、ロバート・ウォーラー となっている。 96年に出た日本盤紙ジャケでは、  プロデューサー:テオ・マセロ  レコーディング・エンジニア:記載なし 97年の米、99年の仏の各リミックス&リマスターCD(kとl)では、  オリジナル・レコーディング・プロデュース:アーヴィング・タウンゼント  レコーディング・エンジニア:記載なし SACD、従来の国内CD、米国CD、英ミレニアム紙ジャケCDほか、各アナ ログ盤は  プロデューサー、エンジニアとも:記載なし これらを、総合すると、レコーディング・プロデューサーはアーヴィング・タウ ンゼント、レコーディング・エンジニアはフレッド・プラウトがメインで、ロバ ート・ウォーラーが補佐していたと見るべきか?それにしてもテオ・マセロは何 やってたんだ? 雑誌「Out there」の「カインド・オブ・ブルー特集」の、アシュリー・カーン の文章の中に、テオのコメントが紹介されている。それによると、どうやらテオ はちゃんと現場のコントロール・ルームにいたようだ。 ということは、やはり全体を仕切る総監督的なプロデューサーはテオで、現場監 督的なレコーディング・プロデューサーがアーヴィングということでしょうか。 4.ピッチの確認 具体的な聴き比べの前に、どの盤がどんなピッチで収録されているのか明らかにし ておく必要がある。 探検隊では、絶対音感がないために、おどろくほどローテクな方法で検証を行った。 アナログ盤は“ストップウォッチ”、CDは我が家のCDプレーヤーのカウンター 表示を目で追ったのである。 したがって、計測値はプラス・マイナス1秒程度の誤差があることをお許し願いた い。全ての盤の全曲を測っていると、梅雨が明けてしまいそうなので、今回はアル バムの冒頭曲である「ソー・ホワット」のタイムを比較した。 ちなみにジャズにあまり詳しいない方のために、豆知識として付け加えると、SO WHATとは、「それが、どうした!?」といった意味で、マイルスの口ぐせだっ たいうことはジャズオヤジ界の常識である(覚えておこう)。 マイルスは、アルバムは失敗作としながらも、この曲と、オール・ブルースは気に 入っていたらしい。その後の黄金のクインテットや、エレクトリック化した直後の 「1969 MILES」の頃まで、ライブの定番となった曲である。今回、DSDマスタリ ング紙ジャケで、「カインド・オブ・ブルー」と同時発売された「フォア&モア」 でもやっているから聴いてみてほしい。これなどは「4ビートでスラッシュメタル している!」と思わせるような超ハードな演奏だが、それでいてどことなくクール なところがある「ダンモ」の一つの典型といえる演奏。(ダンモ→これもジャズオ ヤジ用語、モダンジャズのこと、ズージャでヒーコとは「ジャス喫茶でコーヒーで もどう?」の意らしいが、これで本当にナンパが成立していたのかどうか?、同時 代人ではない我々には皆目見当がつかない・・・。SJ誌で村井氏が連載している 「解明!ジャズ素朴な疑問」で是非取り上げてもらいたいものである)。 ピッチの話しに戻ろう。 くどくど書いても面倒なので、今回タイムを計った17枚を一覧表にしてみた。変 遷がわかりやすいように大まかな発売順に並べてある。 92年の米コロンビアのマスター・サウンド・ゴールドCD以降にリリースされた製 品はほぼ全てA面3曲のピッチが正されている。 ただし、今回のタイム計測で明らかなように、リミックス&リマスターの違いで、 いくつかのグループに分かれるようである。
<「ソー・ホワット」ピッチ正誤・収録時間>
製品別
ピッチ
の正誤
収録時間
(実測値)
備考
米オリジナル・モノLP
×
9:06
──
米オリジナル・ステレオLP
×
8:55
──
米従来LP
×
8:54
──
日従来LP(オレンジ帯)
×
8:53
裏ジャケの8:59は間違い
日ディジタル・リマスターLP
×
8:55
──
日従来CD
×
9:03
──
米デジタル・リマスターCD
×
9:02
──
米デジタル・リマスターLP
×
8:58
──
米MASTER SOUNDゴールドCD
9:07
プラケース裏面の9:02は間違い
米Classic Records33回転LP
9:03
──
日SBM紙ジャケCD
9:08
ライナーの9:02は間違い
米Remix&RemasterCD
9:22
──
日SACD
未確認
──
英Millennium Editon紙ジャケCD
9:22
──
仏Remix&RemasterCD
9:22
──
米Classic Records45回転LP
9:03
──
日MILES&COLTRANE BOX
9:22
──
日DSD紙ジャケCD
9:22
──
A面3曲のピッチが、92年に米国で発売されたMASTER SOUNDゴールドCD(n)
以降、正しいピッチになっているのは確かなのだが、収録時間がまちまちな点から
して、製品によって、元にしているリミックスのマスターが異なるようだ。
CDについては、「9:07(もしくは9:08)」と「9:22」の、2種類に
分かれる。
アナログ盤では、ピッチが直っている米Classic Recordsは33回転盤、45回転
盤ともに、「9:03」である。
収録時間の長さをみる限りでは上記3種類に集約されそうである。

<9分07秒(もしくは9:08)>
これに当たるのは、次の2枚である。
n)92年発売 米ソニー マスター・サウンド ゴールドCD(CK52861)
o)96年発売 日ソニー マスター・サウンド・ジャズ(SRCS9104)→SBM、初回限定紙ジャケCD
いずれも、リマスター方式は、20bit・SBM(Super Bit Mapping)である。
米ゴールドCDの方は、ライナーに、リミックス&リマスターの情報がきちんと表記
されている。それによると・・・、
 リイシュー・プロデューサー:エイミー・へロー
 リミックス&リマスター:マーク・ワイルダー
 於:ニューヨーク、ソニー・ミュージック・スタジオ
ということだ。
日本の紙ジャケ(SRCS9104)の方は、リミックス&リマスターの表記はないが、
発売されたのが、4年後の96年で、この間のデジタル機器の急速な進歩を考慮す
ると、まったく同じものを使用したとは考えにくい。リミックスのマスターテープ
は一緒だと思うが、SBMのほか、PDLS(Pure Digital Link System)の導入など
で総合的な音質向上が図られていると見られる。

<9分22秒>
これに当たるのは、次の6枚。
k)97年発売 米ソニー リミックス&リマスターCD(CK64935)
r)99年発売 日ソニー SACD(SRGS4501
p)99年発売 英ソニー ミレニアム・エディション・紙ジャケCD(MILLEN101)
m)00年発売 日ソニー 「マイルス&コルトレーンBOX」(SRCS2223〜8)
q)00年発売 日ソニー マイルス・デイビス・オン・マスター・サウンド・2000(SRCS9701)
この中で、97年の米ソニーリミックス&リマスターCD(k)のライ
ナーに書かれているいる情報を拾うと、
 リイシュー・プロデューサー:マイケル・カスクーナ
              (プルーノートの発掘男として有名!)
 リミックス・エンジニア:マーク・ワイルダー
そして、更にこのライナーには“Remix from the original three-track tapes
at Sony Music Studios, using a Presto all-tube, three track recorder”
と記されている。
おおっ、さすが発掘の鬼カスクーナ!真空管式の3トラック・レコーダーを使用
することで、録音当時のサウンドを得ようという魂胆か?
ちなみにリマスター方式は、20bit・SBM(Super Bit Mapping)である。また、
このCDのケースには、“newly mixed & 20-BIT REMASTERED”というシー
ルが貼ってある。これだけ情報を開示しているからには、この97年の米盤CD
の時点で、リミックス&リマスターが新規に行われたのはたぶん事実なのだろう。
99年の仏ソニー・デジタルリミックス&リマスターCDのライナーも、上記と
ほぼ同じ内容の情報が仏語で記載されており、97年の米盤と99年の仏盤は同
じマスターを使用しているとみてよいだろう。
(この2枚にはいずれもフラメンコ・スケッチの別テイクが追加されている。
また、仏盤は、それに加えてインターネット経由で「カインド・オブ・ブルー」
の情報(Shockwave形式)を見ることができるConnecteD(コネクトCD仕様であ
る。実際に、ネット経由で見てみたが、データが重く、とても見ていられない。今
後、ConnecteD仕様のCDが出てくるかもしれないが、データそのものをCDに収
めたエクストラCDの方がまだ親切だと思う。

99年秋に出た英ミレニアム・エディション紙ジャケ盤については、リミックス&
リマスター情報がどこにも記されていないが、音の傾向からして、やはり米盤と同
じリミックス&リマスターの20bit・SBMと推測される。ただし、このミレニアム・
エディションでは米・仏のリミックス&リマスターCDに収録されている
フラメンコ・スケッチの別テイクは収録されていない。オリジナルフォーマットを
重んじる点は、やはり英国人と日本人は一緒か?(紙ジャケがコーティング仕様で
英国調なのはご愛敬)

今年3月に出た「マイルス&コルトレーンBOX」では、ソー・ホワットはDisc4
の4曲目に入っている。日本語版のブックレットの中には「このセットに入っている
テイクは、マスターサウンドのゴールドCD(米盤)版「カインド・オブ・ブルー」
のピッチが修正されたものが使用されている」とあるが、少々紛らわしい書き方であ
る。
音の傾向、収録時間からして、これは97年のマイケル・カスクーナ、マーク・ワイ
ルダーらによるリミックス&リマスターCDと同じものであろう。
実際、BOXセットのプロダクション・クレジットでも、
 BOXセット・プロデューサー:マイケル・カスクーナ
                ボブ・ベルデン
 マイルスBOX監修:スティーブ・バーコビッツ
           セス・ロゼステイン
 オリジナル3トラックテープからのリミックス・エンジニア:マーク・ワイルダー
となっている。

そして、今年5月に発売されたばかりのマスター・サウンド・マイルス・2000
である。これについてはライナーに、
 Master Sound Produced by Moto Uehara (SMEJ)
 DSD Engineer : Kouji C Suzuki (SME Shinanomachi Studios)
と記載されている。(上原基章さん、鈴木浩二さんのことですね。)
今回の紙ジャケ盤は、昨年5月に出たSACD用の1ビットDSDマスタリング
AIT(SACD用のデジタルMT)を基本に、現在望みうる限り最上の素材を
使ってあるという。
ちなみにDSDとは、Direct Stream Digitalの略で、アナログ音楽信号をデル
タシグマ変調器で高速の1ビットのデジタル信号に変換し、この信号を直接記録
するものらしいが、先に書いたように、探検隊ではSACD対応のハードを持っ
ていないため、今回のDSDマスタリングの紙ジャケと、SACDとでは、どれ
ほど音の違いがあるのか分かっていない。
参考までに今回のDSD紙ジャケのプロデューサーでもある上原氏が、昨年出た
SACDのライナーに寄せられた文章によると、「SACDの基本であるDSD
はムチャクチャ切れ味のいい<正宗>」だそうで、「スタジオでAITマスター
(SACD用デジタルMT)をチェックした時、まるで時空を超えてリアルタイ
ムでマイルスのマスタリングに立ち会っているような錯覚さえ覚えさせられた」
と書いておられる。(時空を超えるかっ!くーっ、いいねぇ、うらやましい。)
なお、今回のDSD仕様の紙ジャケと、SACDには、米・仏のリミックス&リ
マスターと同様に、フラメンコ・スケッチの別テイクが追加されている。

<9分03秒>
米Classic Recordsのアナログ33回転盤(95年)、45回転盤(00年)が
これに当たる。
輸入販売を行っているマーキュリーの方に伺ったところ、45回転盤のマスタリ
ングの時には、既に2トラックにミックスダウンされたものだったようで、基本
的に33回転盤と45回転盤は同じミックスのものが使用されているのだろう。
33回転盤が発売されたのは95年らしいので、96年の日本盤SBM紙ジャケ
よりも以前のプロダクトである。それ以前の米ソニーのマスターサウンド・ゴー
ルドCDとも収録時間が異なるため、このピッチ修正版のアナログLPのために
別途リミックスされた可能性もある。


5.各盤の聴き比べ

全曲は聴ききれないので、やはりソー・ホワットで比較する。
主なチェックポイントは下記のような箇所(聴きどころ?)だ。

<開始30秒(旧ピッチでは29秒)のベースのテーマ出だし>
エヴァンスのピアノによる静謐なイントロにつづき、ポール・チェンバースのベ
ースによるテーマが入ってくる。ピッチが修正された版では、速度が少し遅くな
るため、チェンバースのベースの音が従来版よりも、豊かで太く聞こえる。

<1分32秒(旧ピッチでは1分29秒)のジミー・コブのシンバル音>
チェンバースのベースと、それに合いの手的に入る3管によるテーマが終わると、
マイルスのソロが始まる。マイルスのソロ入りのタイミングで、打ち下ろされる
シンバル。そのシャ〜〜ンという音(盤によってはグシャ〜〜ン音)は、オーデ
ィオ的にも聴きどころだが、カインド・オブ・ブルーのアルバムを通じて、この
シャ〜〜ンという音がこだまのように響きつづけるような錯覚を覚えさせるほど
印象的なシンバル音である。ここは是非気持ちよく鳴ってほしいものである。
当然、この後のマイルスのぜい肉をそぎ落とした、一切の無駄のないソロも聴き
どころである。

<3分26秒(旧ピッチでは3分21秒)、コルトレーンのソロ始まる>
マイルスのソロの後、コルトレーンが入ってくる。クールなマイルスに対して、
少し無骨で(実直な?)音でコルトレーンが入ってくる。無骨という言い方を
してしまったが、マイルスとコルトレーンのこのパーソナリティの違いがこの
オリジナル・クインテットの魅力であろう(例えば、ラウンド・ミッドナイト
におけるマイルスの静のソロと、それを突き破るようにして入ってくるコルト
レーンの対比!)。コルトレーンのテナーの音がどう出ているか?
また、ここで聴き逃していけないのが、エヴァンスの演奏、コルトレーンのバ
ックで、気持ちいい音の組み合わせを連発しちゃいます。

<5分17秒(旧ピッチでは5分10秒)、キャノボールのソロ始まる>
この録音時点で、キャノボール・アダレイは、モードをよく理解していなかった
という話しがジャズの入門書にはよく書いてあるが、そんなことはどうでもよい。
いい音、いいフレーズを吹く人である。このところのリバーサイド、サヴォイの
紙ジャケで、キャノンボール・アダレイの演奏を集中的に聴いているせいか、キャ
ノンボール・アダレイの音に、のめり込めるようになってきたせいか?
ここでも、やはりバックでのエヴァンスの音づかいは聴き逃せません。

<7分06秒(旧ピッチでは6分58秒)、エヴァンスのソロ始まる>
イエーイ!当時、こんな風にピアノの弾く人はほとんどいなかっただろうなぁ。
既にバンドを離れていたエヴァンスを、このアルバムのためにだけ、呼び戻した
というのもうなずけます。しかし、マイルスって人は、自分がその時やろうとし
ている音楽に、何か必要なのかはっきりと分かっていたんですねぇ・・・。

<8分15秒(旧ピッチでは8分05秒)、エンディングのテーマ繰り返しに入る>
エヴァンスのソロの後、チェンバースがベースでしばし流した後、ふたたびテーマ
へと戻っていくところ。使用しているマスター(?)によって、エンディングのフ
ェード・アウトのタイミングが異なる。長いのは最近の9分22秒のものだが、同
じフレーズの繰り返しなので、どれもそれほど印象は変わらないかもしれない。

>>>>>>>>・・・実際にきいてみた・・・<<<<<<<<<

冒頭、静寂の中のエヴァンスが、ピアノのゆったりとしたテンポのシングルトーン
でスタートするところ。
92年の米マスターサウンド・ゴールドCD以降の、一連のリマスターもののCD
は、どれもテープ・ノイズ、環境音が目立つ。特に、97年の米リミックス&リマ
スター以降の「9分22秒」のCDで顕著で、シャーッという音の向こうから、エ
ヴァンスのピアノが聞こえてくる感じである。今回出たDSD版の紙ジャケ(マス
ター・サウンド・マイルス2000)がもっともシャーッ音が目立つ。
しかし、リアルな感じがするのも事実。雑誌等での広告や記事に「エヴァンスの息
づかいまで聞こえてくるような・・・」といったことが書かれているが、確かにか
すかな環境音まで聞こえてくる。チェンバースがベースの弦に触れたと思わせるよ
うな音もスピーカーから聞き取れたような気がする。ヘッドホンで聴いたら、恐ら
くもっとはっきりと聞き取れるのだろう。(我が家のステレオは、ヘッドホンがつ
ながらないので確認できない)。
従来CDよりもホワイトノイズ、テープノイズが目立つのは、ノイズを目立たなく
することに腐心するよりも、セーフティテープに記録された音楽情報(あるは環境
音まで)を、出来るだけ拾い上げ、CDにそのままの状態で落とし込むことに重点
を置いたためであろう。
92年の米ゴールドCDと96年の日ソニーSBM紙ジャケCDは、97年以降の
「9分22秒」のCDと比べると、ノイズはそれほど目立たない。これはノイズを
抑える何らかの処置によるものなのか?、それとも、97年版のリミックスで使わ
れたという「真空管式3トラックレコーダーの再生音との違いなのか?、は今のと
ころ判然としない。(どなたか知ってる人いらっしゃいますか?)

アナログ盤に移ろう。95年に発売された米Classic Recordsの33回転盤を聴い
てみる。ふむ、なかなか良い音です。しかし、45回転盤の方が更に良い。音の密
度が濃くなめらか感じ、言い換えれば情報のぬけ落ちが少ないという感じか。この
2つは恐らく元のマスターは一緒だと思われるので、音の違いは「回転スピード」
の違いだろう。
ちなみに45回転盤の方は、レコード1枚につき、片面のみのカッティングで、も
う一方の面はツルピカ!しかも、音のクオリティが下がる内周部分へのカッティン
グを避けるため、片面1曲しか収録していない、なんとも贅沢な代物なのですが、
ソー・ホワットの場合、元々1曲目で外周部分にあるため、違いは33回転と45
回転の違いだけということになる(まあ、片面ツルピカ効果は私の耳では聞き分け
られそうにないので今回は置いておきます)。うーん、やはり45回転は音がよい
のだなぁ・・・。
よし、続いて59年に出たオリジナルステレオ盤。これは、レーベルのB面曲順が
正しい順番になっていることから、59年10月以降のプレス分である。

隊員一同:「あれ、ノイズが・・・・ない!」

・・・なんて、ことはあり得ないのだが、実際CDや高音質盤とされる米Classic 
Recordsよりも耳障りなノイズが少ないのは確かだ。
その場に居合わせた隊員一同の見解は、
「現行CDやClassic Recordsは、いずれも92年になって発見されたセーフティ・
テープから起こしたものである。40年前の録音であり、しかも30年以上も行方
不明になっていたテープに経年変化がないという方がむしろ不自然。59年、当時、
録音された環境に忠実にマスタリングされ、ビニール盤に刻まれた音の方が鮮度が
勝っていても不思議ではないのでは!?」
という意見だ。

それでは、オリジナル・モノ盤。ちなみに、ころらの方はレーベルのB面曲順が間
違っているので、59年10月以前のプレスと思われる。

隊員一同:「・・・・・・」
(しばし、レコードの音に聴き入り)
「いい!この音いいよ。カインド・オブ・ブルーに合ってる」
「これまで、ステレオ版しか聴いたことなかったけど、モノ最高!」
「ステレオ版は無理矢理、左右にメンバーを並べたって印象が強いけど、モノは演
奏がみごとに溶け合っている感じ」
「エヴァンスがライナーで書いた、日本の水彩画(墨絵)のような演奏」と表現し
たそのニュアンスが伝わってくるね」
「モノでピッチが修正されたアナログ盤を作ってほしい!」

という訳で、モノは「カインド・オブ・ブルー」をより「カインド・オブ・ブルー」
らしく聴くために、ふさわしいフォーマットという見解に・・・。
ただし、今回の比較では、ほかのステレオLP、CDがかわいそうなので、一旦横
に置いておくことにする。

スタートから30秒ほどが経過したところで、ポール・チェンバースのベースが入
ってくる。ベースの“出だし音”については、ピッチが修正されたCDをはじめて
聴いた時は違和感があったものだ。
それまで聴いてきた「カインド・オブ・ブルー」とは明らかに違うベースの音だっ
たからだ。それまで、ややシャープ気味だったのが正しいピッチに修正されたこと
と、それから、恐らくSBMによるリマスター効果で従来CDと比べ明らかにベース
の量感が増し、太くハッキリした音に変貌していたからだ。特にこのスタートから
30秒(修正前は29秒)のベース音は、少々膨らみ過ぎか?と思わせる音である。

さて、今回出たDSDマスタリングの紙ジャケはどうか?
ベースの出だし音の印象はSBM紙ジャケとそれほど変わらないが、その後が違う。
チェンバースがつま弾くテーマを、追いかけるようにジミー・コブがシンバルとハ
イハットを刻みはじめ、そのすぐ後から、トランペット、テナー、アルトの3管が
パァー、パッと合わせる。

いやー、なんだか元気なソー・ホワットですな。ハード・バップみたいな音です。
従来のアナログ盤が、霧の向こうでパァ〜ッ、パッ・・とおとなしく合わせていた
ように聞こえたとすると、このDSDマスタリングは元気そのもの、耳もとでオラ
オラ、聴かんかい、ワレ!とどやしつけられる感じ。
各楽器をはっきりくっきり聴かせようという意図はわかるが、こう言っちゃ何です
が、丸裸な(ネイキッドな)音である。オーディオ的には「各楽器がくっきりと聞
こえて、原音忠実は、オーディオを理想像じゃ!」と怒られそうですが。ベース、
シンバル、ハイハット、3管がそれぞれが自己主張し合っているというイメージ。
非常にゴージャスな音ではあるが、半面、耳うるさい。おいおい、みんな仲良く演
奏してくれよ、と仲裁に入りたくなるような音です。

SBMの紙ジャケの時も、一つ一つの楽器の音が随分とくっきりとしたなと驚きま
したが、こうしてDSD紙ジャケと比べてみると、個々の音よりも全体のバランス
を重視した音づくりであったなと再認識させられます。
SBMの時も、慣れるのに少々時間がかかりましたが、このDSDも何度も聴いて
いくうちに、違和感は薄れていくのでしょうか。マイルスの、コルトレーンの、キ
ャノンボールの、それぞれの管の音は従来のSBM盤と比べ、格段に生々しさがア
ップしているのは事実ですから。

続いて、97年以降のリミックス&リマスターCD(97年米CD、99年の仏デ
ジパックCD、英紙ジャケCD、00年のマイルス&コルトレーンBOX)を聴い
てみる。いずれもSBM方式だが、音づくりの傾向は、今回出たDSD紙ジャケに
どれも似ていて各楽器をくっきりはっきり聴かせようというもの。
というか、97年以降のCDは、おそらくマイケル・カスクーナ、マーク・ワイル
ダーによる真空管式3トラックレコーダーからのリミックス&リマスターが元にな
っているのだろう。DSD紙ジャケに似ているというより、97年のこのリミック
ス&リマスターが基本になっているのだろう。全て同じ傾向の音である。

一つ一つの楽器の音を生々しく丸裸な状態で聴かせる。97年の以前と以降の差は、
この後、1分32秒(修正前は1分29秒)のジミー・コブのシンバル音(マイル
スのソロ入りとほぼ同時に鳴らされる)と、3分26秒(修正前は3分21秒)か
らのコルトレーンのソロとそのバックで弾かれるエヴァンスのどうにもモードなピア
ノの箇所で、より顕著となる。

96年のSBM紙ジャケでは、ジミー・コブのシンバル音はシュワーッと入り、シュ
ワシュワシュワとマイルスのソロの後ろで炭酸水の気泡のように泡だってくるといっ
た感じだが、97年以降、特に今回のDSD紙ジャケはダイナミクスはアップしてい
るが、シンバル音はジュワ〜ン!(いやグシャーン!かな?)とややドンシャリ系の
音に聞こえる。その後に続くシンバルの連続音も、ジュワジュワジュワと盛り上がっ
てくるようで、気泡というよりも海底火山が活動開始!といったおもむき。
DSD紙ジャケでいいなと思ったところは、ジミー・コブのブラシの上下動が見えた
(ような気がした)こと。それくらい生々しい音である。これは従来のSBMのCD
では未体験な音だった。

3分26秒(修正前は3分21秒)、コルトレーンのソロ始まる。
96年のSBM紙ジャケではコルトレーンは怒っていないが、今回のDSD紙ジャケ
では怒っているように聞こえる。そうアングリー・テナーだ。音色は、これがハード
バップのアルバムであったなら、よかったのにという音。
最初、DSD紙ジャケを聴いて、違和感をもったのも、この辺のコルトレーンの音色
だ、この音色と、以前よりはっきり聞こえるブリバリしたリップ音などが、何だか私
の中にある「カインド・オブ・ブルー」感と、衝突してしまって少々とまどいと感じ
た。まあ、これはDSD効果による、生々しさのアップということにしておこう。

コルトレーンのバックで聞こえてくるエヴァンスのピアノの音だが、これもDSDは
かなりはっきりと聞こえる。ハッキリし過ぎて、コルトレーンと張り合っているよう
に聞こえる箇所もある。しっとりとして、けっして声高に自己主張するものではない
が、それでいて単なるバッキングにとどまらない、エヴァンスならでは演奏には、ア
ナログ盤や92年のゴールドCD、96年のSBM紙ジャケCDなどの音づくりの方
が似つかわしく思える。

5分16秒(修正前は5分09秒)、キャノンボール・アダレイのアルトソロに入る。
何と艶のあるアルト音だろう!これは、今回のDSD紙ジャケCDで感じたことであ
る。従来までの、アナログLP、SBMのCDでは、ここまで艶やかだとは思っても
見なかった。これもDSD効果か?

ちょっと、オリジナル・ステレオLPに戻ってみる。
うーん、いいですねえ。実にかろやかで、フレーズが気持ちよくわきでている。天才
です。しかも、先行したコルトレーンのとの対比が実によい。どちらもよいのだが、
この曲では、二人の個性の違いが、いい方向性にくっきりと浮き彫りにされている。
ピッチの正された方もそれなりによいが、こうして少し早いオリジナルもそれはそれ
でよいものです。(絶対音感のある人だと、シャープ気味で気持ち悪くなっちゃうの
かな?)

7分07秒(修正前は6分58秒)、エヴァンスのソロ始まる。
そのまま、オリジナル・ステレオLPでいっちゃいます。エヴァンスの音もいいです
ねぇ。先ほど、DSD紙ジャケや、SBMの紙ジャケで、コルトレーンのバックで弾
いていたのと、比べると妙な重さがないのがいい。
こうして聴いてみると、ピッチが違うという問題があるものの、従来のアナログ盤も
相当によい。(そりゃそうである。皆、ピッチの違う演奏をずっと聴き続けてきて、
ほとんどの人が「すばらしい!」と認めてきた音なのだから・・・。)

今度は、95年にでたピッチ修正後の米Classic Recordsの33回転盤で、同じ箇所
を聴いてみる。うーん、少し歪みっぽいかな?これは先に述べた、セイフティテープ
の経年変化あるいはテープの再生環境の差によるものか?少し戻って、コルトレーン
やキャノンボールのソロ当たりも聴いてみる。うーん、よく言えば、密度の濃い音、
悪くいえばややダンゴ状態の音。やはり歪み感があることはいなめない。

同じ箇所を、45回転盤の方のClassic Recordsで聴いてみる。おっ、エヴァンスの
音が澄んでいる。コルトレーン、キャノンボールのソロ部分も、ダンゴ状態ではなく、
クリアで見晴らしのよい音という印象。なかなか、いいじゃないっすか!
単純に考えると、45回転盤の方が密度感があると思ったが、実際の印象は、逆で33
回転盤の方が密度感、エネルギー感が感じられ、音が詰まった印象。対して、45回転
盤の方は、クリアが見晴らしがよく、さわやかな耳ざわりだ。トランペットやアルトサ
ックスの高音がすっーと、素直に伸びていく、聴き疲れしない音とはこういう音か?

8分16秒(修正前は8分04秒)チェンバースのソロのあと、演奏はエンディングの
テーマの繰り返しへ入っていく。
このベースがテーマへ戻ったところから、エンディング(フェード・アウト)するまで
の小節数は、

■オリジナル・モノLPが、8分04秒〜9分06秒で、37小節付近で音が消える。
■オリジナル・ステレオLPは、8分04秒〜8分55秒で、28小節付近で消える。
■Classic Recordsは、8分13秒〜9分03秒までで、28小節付近まで。これは、
ピッチが違うがフェードアウトのタイミングはオリジナル・ステレオ盤に準拠したもの
か?
■ゴールドCD、SBM紙ジャケは、8分16秒〜9分07秒(あるいは9分08秒)
で、30小節付近で音が消える。
■97年以降のSBMリミックス&リマスターCDと、今回のDSD紙ジャケCDは、
8分15秒〜9分22秒で、38小節付近で音が消える。

という結果になった。まあ、フェードアウトのタイミングについては、気にならないと
いえば気ならない。普段聞き慣れている盤と異なるタイミングでフォードアウトする盤
に出くわした時に「アレ?」と思う程度だろう。


6.結論

それぞれ長所短所があるので、どの盤が買いか、最終結論は出すのは控えたい。
個人的な見解としては、
●オリジナル・ステレオLPとオリジナル・モノLPは安くて状態のよいものがあった
らゲット!(数千円からある)
●今回のDSDマスタリングの紙ジャケはやはりゲットすべし。まだ買っていない人は
直ぐに買いにいくこと。昨日の晩、レコード店に寄ったら、カインド・オブ・ブルーの
紙ジャケは既に店頭陳列分のみで、次回入荷分からはプラケースになると予告張り紙が
してあった。急げ!
●余裕があれば、96年の日マスターサウンド・ジャズ紙ジャケCD(SRCS9104)は
音の傾向が、今回のDSD紙ジャケとは異なるマイルド系の音だし、なんといっても余
計な追加トラックのないオリジナルフォーマットである。中古市場でも、かつては入手
困難な紙ジャケのひとつだったが、DSD紙ジャケが出た現在は、中古屋さんにかなり
の数が出回っている。しかし、半年後はまた幻化する可能性大。
●米Classic Recordsの33回転盤もしくは45回転盤。ちょっと高いが正確なピッチ
で聴けるアナログ盤は、現在これだけ。マイルスファンで、アナログ派の人は購入して
後悔なし。駄盤を数枚買うより、愛聴盤で満足できる音質のものを!という人に勧めた
い。

以上、4点だ。紙ジャケ探検隊の立場上、プラケースCDの推薦はしない。

ふへぇ〜っ、疲れた!しかし、まだまだ探検隊のカインド・オブ・ブルー探求は終わら
ない。日本盤のオリジナルは、「トランペット・ブルー」という邦題で出ていたという
情報もある。今回の比較検証でも取り上げたかったのだが、中古屋さんで見つからなか
った(まぁ、そのうち見つかるでしょ)。

それから、今後の希望としては、ピッチ修正後のモノ・ミックスのアナログ盤を是非
Classic Recordsで出してほしい。モノ盤の紙ジャケもいいですねぇ。
それでは、また。

→次週予告>>>>特集はヴェルベット・アンダーグランドの“バナナ”だ!
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