●とある海中で。

●その巨大イカは小拙の兄をトグロ巻いていた。胴部分だけで餓鬼程もあるイカは、捕まえたと思った兄を逆にぐるぐると巻いた。イカを捕まえる時は、その粘膜性の体液が邪魔をするのであるが、敵を固めにかかると、逆に摩擦の液態となる。

●恐らく2メートル位はある。足一本でゲソ焼き50人前はいける。女子小児であれば、吸盤一個で御愛想間違いなしである。そいつの墨だけの墨風呂も出来る。

●かつて巨大な大ダコの話は聞いたことがある。洋モノ映画か北斉漫画か。西洋でも東洋でもタコは忌み嫌われていたのか。西洋でも東洋でもないインド人もタコを食わない。ついでにインディアンもタコを食わない。巨大なイカも突然変異、か。

●小拙の兄は卍固めを解くことの出来ないラッシャー木村の様な形相で、両の手で腰に巻かれたイカをずり下ろそうとしていた。イカは脱がれようとしない。小錦のマワシは絶対に落ちないのだ。

●百戦錬磨のイカは、締めつけを強めた。餌の呼吸に合わせて、餌が息を吐く度に少しずつ締める。最後には餌が息を吸えなくなくなるまで、締めつけるつもりなのだろう。

●相撲で組んだ場合、差した相手が息を吸う瞬間に始動する。息を吸う瞬間に気が緩むという。優秀な投手はリードしている一塁走者の呼吸を見る。敵が息を吸う瞬間に牽制する。シンクロナイズドの選手は、恐らく呼吸のタイミングまで合わせている。それでこそ「息が合う」というものである。

●人間は二脚で歩行しているので、基本的には前後に倒れる構造になっている。物は三点以上で支持しないと倒れてしまう。写真用具に一脚というものがあって、二脚の人間が支持してそれが三脚となる。

●桂枝雀によると、二足歩行の弊害で人間が前後に倒れるのを防ぐのが呼吸である、という。前に倒れそうになるのを息を吐いて戻し、後ろに倒れそうなのを吸って戻す、と。姿勢や行儀を考える際に重要な指摘である。

●一瞬の静寂があったかと思うと、長丁場で大イカも疲れた。ふと、ゲソ先の一本が反った。小拙の兄は同じようにイカを脱ごうとしながらも、多少息が出来たのか、顔色が若干戻った。イカとの闘いが終わればゲッソリか。

●同じ海中では、全長3mの巨大ナマコが我々の進路を防いでいた。小拙の親父は、ヴィクトリノクスの十五徳ナイフを出してコノワタを採取しようとしていた。しかしいくら骨が無いとはいえ、敵は3mの大ナマコである。そんな西洋肥後守で何とかなる筈もない。

●ヴィクトリノクスのナイフは、やはり焼きが甘かった。ナイフは綺麗に真ん中から折れた。親父が得意気に振り回した刃先が、ぐにゃりと降ろした敵の口もとをかすめただけで。十五徳もあればナイフもあと一種類位はあるのかもしれない、が。そこまでにして喰いたいのか、こ奴のコノワタを。

●小拙はイカに巻かれた兄よりも何故かコノワタ親父に加勢していた。しかし、ジーパンのポケットの中には「micra」という、レザーマンの一番小さい十徳ナイフしか無い。これでは親父を笑えない。

●小拙は「micra」を「がきっ」と開いた。ぬっと出たのは小さな糸切りバサミであった。そんな御蔵鋏美嬢では、どんな器用な旦那でも上手く踊らせられない。映画「スピード」で、キアヌ=リーブスがエレベータを停めるのに「ばきっ」と差し込んだ大レザーマンとは大違いだ。

●ナマコは口から肛門へ一直線で、その間に海鼠腸(コノワタ)と呼ばれる腸の類があるだけのもの。口か肛門の端に少し切れ目を入れることが出来れば、コノワタは抜ける。ナマコもここまで大きくなると身の方は堅くて大味であろう。

●小料理屋に行くと、品書きに『このわた-時価』と書いてある。実際に注文してみると、小ナマコ一匹分のワタが、小皿の米酢溜まりでひょろっと沈んで来る。しかし何故これが『小鉢もの(ウニ)』よりも高額商品なのであろうか。しかしまあ、流石に不味くはないし、調理するにも生体はグロテスクではある。

●小拙の親父は向こう見ずであった。このまま口か肛門に齧り付いて、そのまま吸えばコノワタの踊りが喰える、という驚愕のプランを主張した。しかしそれは如何なものか。少し自慢のナイフが欠けたからといって、そんなに大人ゲの無いことをしても良いものか。

●小拙はナマコを調理したことがあるので知っているのであるが、コノワタは抜き出して腸内のウンコを絞り出して切り出さなければ食品にはならない。例え吸い付きが成功したとしても、それはナマコのウンコを飲むことに他ならないのではないのか。

●ましてここには小皿も米酢も大吟醸も利休箸もないのであって、野趣に富むにもホドがあるのではないか。しかし小拙の親父の目は本気であった。上部の口から頭を突っ込んで賞味する決意だ。災難は小拙に来た。

●獲物があまりにも大きいので、小拙がナマコの腰をハガイ締めにし、その小拙の背中に親父が乗ってナマ子の口から頭を突っ込むという、世にも恐ろしい奇襲攻撃が下命された。

●ナマ子の腰つったって、どこが腰やら岩おこし。親父に押されてガブリ寄り、胴に腕を回して締めながらナマ子の尻上で握手した。無茶な親父は騎馬戦よろしく小躍りしながら小拙の背中に飛び乗った。なんと殺生な親父であることか。

●小拙はナマ子の腰に全身を寄せながら、親父の重さに耐えた。大ナマ子はやはり堅い。全身にトゲのようなイボが生えている。顔やら頭やら肩やらが矢鱈と痛い。ましてや親父が小拙の背上で子供のように暴れている。舞の海の苦悩がやっと理解できかけた時、両足のコブラ返りで目が覚めた。

(2004年2月23日号掲載)


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