10月4日はジャニスの33回忌だった。生きていれば彼女もなんと60歳のお婆ちゃんだ。想像できない…
死因は謎とされている。ジャニスは婚約者にも巡り会い、制作中のアルバム『PEARL』(パールは彼女の愛称)も完成間近であり、自殺の可能性は皆無だった。だが、実際は長年のジャンキー生活が招いたゆっくりとした自殺だったと筆者は思う。手にはタバコを買った時のつり銭、4ドル50セントが握られ、傍らには封の切られていないマルボロが転がっていたという。
美空ひばりと同じく大好きだった紫に縁取られた『PEARL』。そこに写るとても幸せそうなジャニスからは、ロッカーとしての色気が強烈に発散されている。その密度たるや尋常ではない。遺作となった作品のジャケットとはにわかに信じ難い感じがする。ジャニスの死はあらゆるロック、ブルーズ、ソウル ファンにとって痛恨だった。ジャニスが本当の活躍をするのは、正にこれからだったからだ。
ジャニスがデビューした当時、多くのリスナーが彼女の歌を聴いて、黒人のブルーズ歌手を想起したそうだ。確かにその通りだと思う。“白人があんな風に歌えるなんて信じられない”という評価にこそジャニスのアイデンティティの全てがある。実際、彼女の歌を聴いたビートルズのポール・マッカートニーも全く同じ感想を持ったと言われている。
筆者は残されたアルバムでそのしゃがれた歌声を聴き、モンタレー ポップ フェスティヴァル(’67年6月17日)での、まるで女性であることを放棄したかのような歌いっぷり、その勇姿に感服していたし、それこそが彼女の戦略であると思っていた。しかし、実際にはかなり違っていたようだ。
ジャニスは自分のことをブスだと信じて疑わなかった。テキサスの女学生時代には、“校内で最も醜い女”と言われていたのだから無理もない。彼女が活動の拠点にしたサンフランシスコのグループ ジェファーソン エアプレーンの歌姫 グレース・スリックに憧れていたとも聞く。いかにも女性らしいヌード写真等も残している。
彼女に関する最大の伝記映画『ジャニス』を見ると、実に女性らしい柔らかく律動的な動きで観客を魅了するジャニスの姿が見られる。この作品を見て筆者のジャニスに関する認識はかなり変わった。女性歌手の突き当たる一つの問題は、正に“女性である”ということであり、ジャニスも例外ではなかったのだ。
男性経験をキャリアと割り切るマドンナのスマートな頭脳プレーでもなく、女性の自立と権利を声高に主張するシンディ・ローパーの勇ましさでもなく、ケイト・ブッシュのような女性原理に基づいた呪術性を前面に押し出した生理としての女性性でもなく、ジャニスからはコントロール不可能な、女性であることから逃れられないどうしようもない業のようなものを感じる。
それは嫉妬であったり、コンプレックスであったり、様々な悩みであったり、正に女性特有の不器用さである。そしてそれこそが彼女にとってのブルーズだった。ステージを降りた彼女は全く普通の女性であった。だからこそ普通の女性が天賦の才能を持ってしまった悲劇性が際立っている。そこにはプランもコマーシャリズムもタクティクスもなかった。実は現在のポップ・ロック シーンにマドンナやシンディ・ローパー、ケイト・ブッシュのエピゴーネンを見つけることはさほど難しいことではない。ところが、ジャニスとなるとこれが皆無なのだ。それは死すらも一つの表現として完結させてしまう’60年代のロッカーに共通の破滅的な生きザマと音楽との相似性であったりもする。
そしてジャニスに対する多くの言葉は、筆者の言葉も含め、語る側のまったくの思い込みでしかないことを痛感させるのだ。
●本文でも触れたようにジャニスの遺作である。ジャニスの最高傑作とも言われる本作には、彼女の死によって一曲だけがイントゥルメンタルのまま収録されている。タイトルは何と「生きながらブルーズに葬られ」。出来すぎた話だ。
●ロサンゼルスのロック シーンで最も重要なプロデューサーの一人、ポール・ロスチャイルド畢生の力作と言えるこのアルバムは同時に、彼が取り掛かった次の作品であるドアーズの『L.A.ウーマン』から彼を撤退させる結果を招いた。ジム・モリソンのいい加減な制作態度が、『PEARL』で過ごした濃密なプロデュース ワークの日々とはあまりにもかけ離れていたため、ポールはうんざりしてドアーズに絶縁状を叩きつけてしまうのだ。皮肉なことにジムはこの作品で、最初で最後のセルフプロデュースを行い、傑作をモノにすることになるのだが…
●ここからは、ジャニスの最初で最後の全米ナンバーワン ヒット「ミー&ボビー・マギー」が収録されている。直線的に情熱のおもむくままに歌われたジャニスのヴォーカルが、ここでは実にしっとりと抑揚をきかせた感興深いものになっている。これは完全な後づけでしかないが、この曲を聴くと本当にジャニスは自らの死を予見していたのではないかと思えて仕方がない。
●シングル カットされたもう一曲は、これこそジャニス・ジョプリン以外の何ものでもないかっこ良すぎる「ジャニスの祈り」。多くの女性歌手がこの作品にチャレンジしたが、筆者はまともなカヴァーを聴いたことはついになかった。