※ネタばらしあり 注意!

 原作が田辺聖子サンということなのだが筆者は不明なことに、田辺サンの作品は全く読んだことがない。これを期に何作か続けて読んでみようと思ったくらいなのだが、パンフレットの解説などを読む限りでは、お話そのものはかなり映画用に脚色されているとのこと。ただ、その精神性において同じベクトルをもって愛情深く仕上げられていれば、脚色されているという事実そのものは大した問題ではない。

 この作品が非常に感興深い残り香を漂わせるのは、作品そのものが持つ濃厚な死の気配のせいだろう。それは田辺サンの作品が本質的に持っている香りなのかもしれないし、扱っている題材が健常者と障害者との恋愛というせいなのかもしれない。

 ドラマはスナップ写真を見ながらの思い出話から始まる。つまりこれから始まるお話は現在につながることのない、断ち切られた過去のお話であることを暗示している。そして多くの場合それは悲劇であると、鑑賞者は直感的に悟る。だからこそ、このドラマは徹頭徹尾、悲劇性に貫かれた絶望的なマッチ レースの様相で、人々を暗い気持ちにさせるのだ。始めから終りが決まっているにもかかわらず、そこに健気に立ち向かう人間が作り出す瞬間的な美しさと切なさ。それが、過去の当事者としての記憶の中に鑑賞者自身を投げ込むのである。それは残酷な反芻であり、また誰もが回想する遠い日の夕暮れのありふれた風景なのだ。

 ドラマはある恋愛の誕生と死を丹念に追いかけている。どこにでもいるようなごく普通の青年である恒夫が大学4回生の時に偶然、知り合った先天的に下半身不随であるジョゼと名乗る女の子(但し原作では25歳で恒夫よりも年上の設定)と過ごした約2年間のドラマである。

 妻夫木聡が良い。ほんの少し前までは、ありふれた二枚目半の若手俳優の一人に過ぎなかった(『ウォーター ボーイズ』は佳作)が、ここではもはやあの『GO』('01/東映/監督 行定勲)や『Laundry』('01/メディアファクトリー/監督 森淳一)の窪塚洋介のポジショニングを完全に奪取している。池脇千鶴にはすでに老成した雰囲気が十分にあり、この難役を見事に演じ切っているが、なんと彼女、まだ21歳なのだ。その意味では、映画はやはり俳優によってどうにでもなる という気がする。もはや恒夫にしてもジョゼにしてもこの二人以外の配役は考えられない。

 この作品が誰もがたどる青春の苦い思い出を反芻させるのは、そこに描かれているそれぞれのシーンが実に生き生きとリアルだからで、セックス フレンドとの乾いた関係、キャンパスでのありふれた会話、馬鹿げた新歓コンパ、などなど楽し過ぎて大笑いしてしまうエピソードが次々に現れる。

 ここには健常者と障害者を隔てる壁は一見、存在しないように見える。恒夫自身、実はジョゼの障害について大して深く考えていない。単純にジョゼの作るご飯の美味しさや毎日の楽しさに浸っているだけだ。あくまでも等身大の自らの欲求に忠実な弱い人間がいるだけである。ふりかかる様々な状況に関して明確な決断が出来ないままに流されてしまう恒夫ではあるが、その弱さは人を傷つけるだけでなく、助けたりもする。ここにはドラマティックなヒーローは存在しない。そして同時にジョゼは始まる前から諦めている。

 ジョゼとの恋愛に蟻地獄に落ちたように絡め取られていく恒夫は、しかし最後には健常者である元の恋人の元に帰っていく。その肩の荷の降りたような表情が印象的だ。しかし、恋人と二人で歩くありふれた風景は、恒夫の思いつめたような表情で断ち切られる。そして恒夫が往来で泣き崩れるシーンは正に身を切られるような悲しみに満ちていながら、一方で実に乾いているのである。

 このシーンは作品全体にあって実際、クライマックスに当り、非常に重要なシーンでありながら、意図的に雑な仕上げを施され、作者の側の過剰な思い入れを観客に押付けるわけではなく、また観客からの過剰な思い入れをも鮮やかに拒否して、このようなシーンが日常的にごくありふれたものであることを強調している。それは恒夫が自分の一生を振り返る時のライトな感覚をも表現しており、その判断は実に見事である。

2004年8月30日号掲載
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[猟カツ日記]
死のにおう作品群
『ジョゼと虎と魚たち』

w r i t e r  p r o f i l e




2003年 監督:犬童一心 出演:妻夫木聡 池脇千鶴 上野樹里 新屋英子

今回の推薦盤


張恵妹『愛是唯一』

アイドルポップスの現在

●アイドルが政治的な紛争に巻き込まれるというのは、台湾ならではだなぁ という感じがする。これは彼女が台湾の少数民族であるピュマ族(おもに台東県の平地に居住)の出身であるということが大きく関係しているのだろうということは容易に推測できるのだが……


台湾歌手への抗議呼び掛け 中国のネット愛好家

16日付の台湾紙、聯合報は、台湾の人気女性歌手、張恵妹(A-MEI)さんを「台湾独立派」とみなす中国のインターネット愛好家が15日、7月31日に北京で予定されている張さんのコンサートで抗議活動を行うようネット上で呼び掛けた、と報じた。約100人が賛意を示したという。

張さんは12日、浙江省杭州で音楽イベント出演を予定していたが、一部市民から「独立派」と批判され、トラブルを避けるため急きょ出演を取りやめたばかり。

一方、新華社電によると、中国政府の台湾事務弁公室報道官は16日、台湾の歌手が中国での出演を妨害された問題を「調査中」とし、中台間の文化交流を「これまで通り奨励、推進していく」とする談話を出した。

張さんは00年5月、陳水扁総統の就任式で台湾の「国歌」を歌い、約1年間、中国での芸能活動を禁じられたことがある。

(台北共同通信)
[6月17日0時43分更新]


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