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text/安宅久彦


 そのころは毎日飲み歩いていた。上京して半年でアパートを追い出され、新宿の飲み屋で知り合った女の部屋を泊まり歩いて大学に通った。新宿ゴールデン街は、戦前から作家や編集者などが集まってくる街だったと聞いている。そのころも、東京の北方にようやく形をなしてきた新都心から出版社の社員などが飲みに来ていて、俺はそいつらから若者風俗についての埋め草原稿を書く仕事などをもらって、飲み代の足しにしていた。
 その夜は5軒まわった。前の晩は、「沙耶」というスナックの雇われママをしている優子の家に泊まった。店の名は沙耶で、名前は優子。変わった女で、アパートの部屋でムササビを放し飼いにしていた。セックスしているあいだも、ムササビが背後を飛びまわる気配がして落ち着かなかった。朝になると、布団のなかで優子はムササビの頭を掻いてやりながら、独り言のように話しかけていた。私って、ホントに好きな人には好きっていえないの。朝の10時ごろいっしょにルノアールに行って、本当に好きな人って誰、と聞くと、今はいないわ、と答えた。
 その日は原稿料が思ったよりたくさん入ってきて、懐が暖かかった。授業が終わってから大学近くの古本屋でジュネの『泥棒日記』の文庫本を買い、ポケットに入れて新宿へ向かった。天気も上々。「パンタグリュエル」を口あけに、「雨の木」、「補陀落」と回って「深夜プラスワン」を出たとき2時を過ぎていた。1軒目で会った客と、4軒目でまた会った。その男は、最初の店ではテレビ局で働いているといっていたのに、4軒目ではミシンのメーカーに勤めているといった。どっちが本当かわからない。
 「キメラ」のドアを開けるとき少しためらった。その店はブラット・ピットに似たマスターがいて、それを目当てに女の客が集まってくる。その夜も、その中に美穂がいた。俺は黙って美穂の隣に座った。マスターも何もいわずロックのグラスを俺の前に置いた。
 日本が再軍備できるよう、どうして誰も要求しないの、と爪の長い女たちが話していた。この国の男は、みんな去勢されちゃったのね。俺と美穂は最初は野球の話をしていた。それから文学の話になり、戦争の話になり、テレビドラマの話に移った。いつのまにか口喧嘩になっていた。その夜は美穂のマンションに泊めてもらうつもりだったので、これはまずいことだった。何よ、ホモのくせに、と美穂はいった。マスターに抱かれたいなら、そういえばいいじゃない。
 一人で店を出た。夜明けが近く、薄明がゴールデン街の入り口の看板を青く染めていた。倒木を何本かまたいで、海に向かって降りていった。「キメラ」の裏から海岸通りまでは砂浜で、イルカに乗った男の子の像がはんぶん砂に埋もれて倒れていた。
 風が吹いている。かつて靖国通りと呼ばれていた海岸通りから南の旧東京市街は、完全に海面下に没していた。爆撃の日からずっと燃え続けている京浜コンビナートの炎が、水平線を茜色に染めていた。
 砂の上に座って、優子のことを思い出した。私って、ホントに好きな人には好きって言えないの。いつもそう。好きな人に、好きって悟られるのが怖いの。
 そう、俺たちはいつのまに本当のことを話せなくなったのだろう。油で濁った海面を見つめながらそう考えた。