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 夕方、母が仕事場から病院に来た時も、いつもはあまり話しかけたりせず入れ替わりに帰る癖に、その日に限り得意げに昼間のことを語った。そんなささやかな喜びで満たされていたにも係わらず、糊で貼り付いたようにその場から動けずにいた。母も、明日もあるんだから、もう帰りなさいと何度か促した。その度に、うんと返事はするものの、もう眠ってしまった父の寝顔を見つめて帰れずにいた。
 
 パジャマのズボンに、夫が手を掛けた。
 僕は腰を浮かせて、手伝った。
 全裸にされて、月明かりに股間の烟るような翳りが浮かび上がった。
 放っておけば、夫はパジャマを脱がないので、僕も彼に倣ってパジャマのボタンを外してやった。撫で肩なのが惜しかったが、未だに野球をやっている夫の胸板は、厚くて逞しかった。胸筋を確かめるように撫でた後、周りに少し毛の生えている小さな乳首を弄ると、やんわりと遮られた。今までにも、擽ったいという夫に、それを我慢していたらそのうち快感に変わるからと、何度か諭したが受け入れてはくれなかった。だから、いつものようにそれ以上弄るのを止めて、僕は、仕方なく受け身に徹した。
 僕は、この性交に、倦んでいる。
 
 とうとう、9時になってしまっていた。
 夜勤のドクターが回診にやって来て、肩で息をしている父の耳元で、如何ですかと呼びかけた。
 父は薄っすらと目を開けた。口元がパクパクと動いて何か言いた気で、ドクターがそれを察して酸素マスクを外してくれた。
 父はまっすぐに天井を見上げたまま、小声で呟いた。
 その直後、父の顔から表情が消え、食べたものが少しだけ吐き戻されて口の端から垂れた。夕方は全く食べなかったから、あれはきっと僕が作って食べさせたものなんだと、こんな時なのに思っていた。
 それからは、病室が騒然となった。
 叫びながら駆け寄った母を、ドクターが下がっているようにと制した。
 口の中に溜まったままの嘔吐物を吸引しようとして管が詰まり、ドクターがもたついた。管の先を鋏でカットしてようやく吸い取った。その間にも、ナースは詰め所へと走り、注射液などの載ったワゴンを押して来たり、なにやら機械も運び込まれたりした。
 呼びかけても、父は微動だにしなかった。
 
 夫の指が、僕の股間に下りてきて、割れ目に沿い更に下降した。
 充分に潤っていることを確認すると、指が分け入ってきた。夫の功労など殆ど無いに等しいが、それでも受け入れられるだけの蜜を溢れさせている。数度指を抽送させて、入ってきた時と同じようにそろりと引き抜いた。彼は僕の体を、探求したりはしない。
 いつものことだが、夫がパジャマのズボンで指を拭った。
 指が気持ち悪いのか、それとも、僕の蜜が気持ち悪いのか。僕はそれについて何も問うたりはしない。
 蜜を拭ったズボンを、脱ぎ始めるのを、いつもぼんやりと見つめているだけだ。
 夫の所作は、その性格と同じく柔らかで優しい。
 
 父は、気道確保をされ、口からチューブを挿入された。
 ドクターが馬乗りになって、心肺蘇生を試みた。何度胸を押しても、反応が見られなかった。
 矢庭に父から飛び降りると、離れていて下さい、と宣言するように言い、二つの電極を胸に宛がい電流を流した。父の体が飛び上がり、ベッドが揺れた。母と僕は戦きながら青ざめて見守るしかなく、恐怖で引き攣っていた。
 頭の中で、キーンという音が聞こえた。
 それでも無反応な父に再び跨ると、ドクターはまた胸に手を宛がい、心臓マッサージを延々と繰り返した。
 それからは、見ていることが息をするのも苦しく感じられた。額に汗を滲ませて、父を生き返らせようと頑張ってくれたが、途中でもう一度、電気ショックを掛けられた時には、母が駆け寄り、もう止めてと懇願した。
 僕は、よろよろと後ずさり、ソファにへたり込んだまま、放心したように動けずにいた。

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2009年6月29日号掲載

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