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 どう、勘違いするというのだろう。僕はあの時のことを全部覚えている。そして、タカオもきっと、全部覚えている。それじゃ、何がいけないのだろうか。
「僕は、全部覚えてるよ。全部。」
「全部って……。あ、お前、まだ僕って言ってんだ。お前、女だろうが。」
 言っちゃ悪いか。言っちゃ悪いのかよ。
「僕は、全部覚えてる……。」

 僕は幼い頃、一時だが一人称を僕と言っていた。
 女の子達と遊ぶ時、乞われて嫌々ながらままごとをする時には、お父さん役しかやらなかったが、その時に、僕と名乗ることは無上の喜びだった。それ以外では、立ち小便をしょっちゅう一緒にしたタカオと遊ぶ時にも、そう名乗っていた。それを否定されなかったことで、僕は暗黙のうちに認められているものだとばかり思っていた。それが心地よかった。だがそれは、僕の勘違いだったのだ。
 尺取虫を股間に擦りつけられた時に、タカオにやっぱりお前にはまんこが付いていると詰られ、屈辱に唇を噛み締めて泣いた後、僕は僕と名乗らなくなっていた。名乗れなくなってしまった。
 しかし、やはり、僕はそう言いたかった。タカオの前では尚更、そう名乗りたかった。
 なのにまた、女だろうがと辱めを受けている。
 受け入れてくれるのかと安心した途端、拒絶され突き放される感覚。癒え掛けてやっと出来た瘡蓋を、べりべりと容赦なく剥がされる感覚。
 タカオをいつの日からか追い求め、その度に味わわされるこの感覚に、打ち拉がれて求めたことを心底悔やむのに、それでも求めずには居られない。何故かと言えば、僕の嗅覚には自分と同じ匂いと感じられる何かがタカオにはあり、それを確かめようとするかのように精一杯鼻腔を膨らませている自分が居て、時折同類と思わせる何かを嗅ぎ取ってしまうからに他ならない。
 他人とはなかなか相容れない僕だが、タカオだけには受け入れて欲しくて欲しくて堪らない。しかしながら僕の思惑は呆気なく外れ、その度に地団駄を踏みたい心境に陥るが、特に何年も会わずにいた直後の、時間を感じさせない物言いに絆されて、ついそれを忘れてしまう迂闊さ。そんな懲りない自分が呪わしくさえあった。
 それでも、タカオに会えたことは嬉しかった。本当に嬉しかった。

 僕は気を取り直して、タカオに喋りかけた。
「ね、おばさんやヒデキちゃん、元気? 長いこと会ってないけど。」
 ああ、何を聞いてるんだろう。
 こんなどうでもいいことなんか、聞かなくてもいいのに。
 タカオは僕のことを、女の癖にとは言っているけど、本当に他の女の子と同じに感じているかどうかとか、傷を労ってくれた優しさは、少しでも僕のことを、何かしら少しでも思っていてくれるからだったのだろうかとか、聞きたいことは他にたくさんあるというのに、選りに選ってあの嫌いなおばさんやヒデキのことを聞いてしまうなんて。全くどうかしている。
「そんなこと聞いて、どうすんだ。」
 案の定、タカオは何を言っているんだという顔をした。
 二の句が継げなくなって、僕は黙ったままタカオの足元を見つめた。
考えてみると、家族の安否など、二人には最もそぐわない会話かも知れない。それよりなにより、タカオとは一緒にいてもあまり深く会話をした覚えがない。
「お前、ばばあやヒデキのことが聞きたいのか。」
「……ううん、どうでもいい。」
「ははっ、何言い出すのかと思ったぜ。あ、そうだ。俺もお前に聞きたいことがあったんだ。」
「え、何?」
「お前、もう、毛生えたか?」
 いかにもタカオらしい質問に、萎れ掛けていた心が、むくむくと息を吹き返す気がしていた。

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2009年2月15日号掲載

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