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 彼の舌は、滑らかだった。
 つるつるである、とさえ形容できるほど乳頭が整い、味蕾の在り処など全く感じさせない。こういった舌は、煙草臭さも感じないものなのだろうか。
 そう言えば、僕はタカオの舌を知らない。
 舌だけではなく、繋いだ手の感触以外何も知らなかった。
 ただの一度も、触れることも触れられることも叶わなかった。もし、タカオと口付けていたら、一体どんな味わいだったのだろう。今となっては、未来永劫知る由もないことなのだが、一度だけでも触れてみたかった。この彼のように滑らかだったのだろうか。それとも、僕と同じくざらざらと逆撫でもするような感触だったのだろうか。どちらでも、どちらでもなくてもよかった。もし、知り得ることができていたなら。
 そんなことをふと思ったが、その間も彼の舌は不器用に動いていた。
 その、動きは悪いがうっとりするほど滑らかな舌に、大胆に僕の舌を絡ませて吸った。
 戸惑う舌を捕まえて自分の口内に誘うと、躊躇いながらも静々と僕の領域へと入ってきた。
 待ち構えたように千切れるほどきつく吸うと、彼の息が僅かに荒くなって、瞼と長い睫毛が震えた。その反応に、僕は急激に興奮し始めた。攻撃性が弥(いや)増す。
 今度は自分の舌を差し出して、彼の口腔中を蹂躙するように蠢かせて舌を味わいながら、次はどんな反応をするのかと待ち構えた。鼻呼吸が、次第に苦しげに喘ぎ始め、背中に回された手はまるで僕に縋るかのように力が籠もった。
 密着した二人の狭間で、彼の分身がきつく充血しているのが感じ取れた。
 彼は、この僕に欲情しているのだ。
 確かに、欲情しているのだ。
 その、男性としての正常な反応が我が身に乗り移り、僕も更に興奮した。ぐいと抱きしめられたまま、狂ったように口を吸い合った。どんどん湧き出る唾液は行き場をなくし、口から溢れて滴った。
 しかし、身長差のため頸を上向けたままなのが、だんだんと辛くなってきた。辛抱できずに、僕が舌を動かすのを止め口を離すと、二人の唾液でぬらつかせた唇をぽかんと開けたまま、不安と訝りとに瞼を開けた彼と視線が合った。一瞬、無言で見つめ合ったのちに、僕は言った。
「頸、だるいから。」
「……。」
「ずっと、上向いてたから。」
「あ、うん。」
 彼は頷いた。しかし、すぐ行動を移すわけでもない。
 彼は今、どうしたらいいか、のんびりとした表情の下で、目まぐるしく考えているのだろう。
 僕は彼がこの後どう事を進めるのか、少しだけ意地悪な心持ちでじっと待った。
 じっとしたまま、自分の興奮の遣り場をどうしたものか、彼もまたどうするのだろうかと、他人事のように愉しんだ。
 あの時、タカオにこの興奮の一欠片でもあったなら、その後も変わっていたかも知れないのに。僕に欲情してくれてさえいれば、今が違ったかも知れないのに。しかし、そう都合よくはいかなかった。
 
「お前、もう、毛生えたか?」
 しかし、その唐突な問い掛けに、体のどの部分も例外なく練習の汗に濡れて湿っていることを思うと、どぎまぎした。途端に、汗とともに女臭い匂いが立ち昇り、放散して行く気がした。僕のこの厭な女の匂いを、タカオはどう思うのだろうか。
「どうなんだよ?」
「ちょ、ちょっとだけ生えてるよ。」
 その質問も、それに答えることにも平気な癖に、興奮して声が掠れてしまったことが、恥ずかしかった。
「ちょっとだけって、どんくらいだよ。」
「どんくらいって言っても……。」
「見せてみろ。」

(以下次号)
2010年3月1日号掲載

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