9/10 ジュウブンノキュウ

 今回は【新人監督が手掛けた作品を鑑賞する愉しみ】というのを一つのテーマとして、1本のおすすめ新作映画をご紹介したいと思います。

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 映画ファンならば、それぞれにお気に入りの監督の一人や二人は即座に思い浮かぶのではないでしょうか?「この監督の新作は必ず劇場で観賞する!」だとか、「この監督の新作が待ち遠しくて仕方がない!」だとかいったような監督がです。私の場合、そういった監督の数が非常に多く、例えばそれはデビッド・クローネンバーグであり、マーティン・スコセッシであり、キム・ギドクであり、北野武であり、塚本晋也であり、実相寺昭雄であり……まだまだ数多くのお気に入り監督が存在するわけですが、こういった【お気に入りである監督の作品を追いかける】というのも、映画鑑賞における愉しみの一つと言えるでしょう。そういったお気に入り監督の新作を心待ちにしつつ、過去作品を遡って鑑賞し、そこからまたその監督に影響を与えたとする他の監督の作品に興味が芽生え……というように、興味が拡大していくこともままあります。

 しかし、その一方で、全く未知数の新人監督の作品を鑑賞ることもまた、大いなる愉悦を孕んでいるものであり、はっきりと映画鑑賞における愉しみの一つと言えましょう。それまで全くといっていいほど監督の存在を知らず、ひょんなきっかけからそのデビュー作に触れ、途端に魅了されてしまう快感というのは、いち早くその監督の才能に触れたという豊穣な感動と相俟ってたまらないものがあります。

 さて、今回、私がご紹介するのは『9/10 ジュウブンノキュウ』という日本映画です。

 監督は本作が劇場用映画監督デビュー作となる東條政利。ピーター・グリーナウェイ監督の『ピーター・グリーナウェイの枕草子』や、堤幸彦監督の『TRICK』、柳町光男監督の『カミュなんて知らない』などで長年助監督として活躍し、腕を磨いてきたとのこと。叩き上げタイプの新人監督と言えるでしょう。

 一口に新人監督といっても、その形態は様々で、特に80年代末期から異業種監督と呼ばれる、既に他分野で評価の定まった人物が映画監督としてデビューすることが目立つようになりました。その中でも代表的な人物と言えば、まず何と言っても『その男、凶暴につき』で鮮烈な登場を果たした北野武の名が真っ先に挙げられるでしょう。以降、ミュージシャンの桑田圭祐や小田和正、俳優の竹中直人や津川雅彦、舞台演出家の蜷川幸雄、脚本家の宮藤官九郎、漫画家のカネコアツシらがデビュー作から注目を集めました。最近では吉川美穂との電撃結婚報道でワイドショーを賑わせたミュージシャンのIZAMも『夏音』という作品で監督デビューを果たしています。また、2世監督である深作健太なども、父:深作欣二の息子ということで鳴り物入りのデビューを果たしたことは記憶に新しいところでしょう。

 しかし、『9/10 ジュウブンノキュウ』の東條政利は、上記したような人物と異なり、製作発表時から大きな話題を集めたわけではありません。また、自主映画界で高い評価を得ていたわけでもないと記憶しています。彼は言わば現場主義から生まれた生粋の新人監督と言えます。余程の映画マニアでない限りご存知ないことでしょう。もちろん、私もそうでした。

 というわけですから、東條政利は文字通り全く未知数の新人監督と言えます。テレビドラマの演出経験はあるようですが、『笑の大学』の星護や、来年1月公開予定となっている『愛の流刑地』の鶴橋康夫のように、テレビ界での大きな実績を足がかりに鳴り物入りで映画界に進出してきたというわけでもありません。そういった部分では、昨年に『隣人13号』(これも新人監督のデビュー作として注目に値する作品でした)でデビューを果たした井上靖雄に近いものがあります。

 このような、観客にとってその存在を今の今まで知らなかった新人監督が手掛けた作品というのは、余程華々しいものでない限りなかなかアンテナに届かないものであります。先に挙げた『隣人13号』の場合は、原作が人気コミックであること、出演者のネームバリューが大きかったことなどといった、観客にとって大いなるフックとなる要素がありましたが、『9/10 ジュウブンノキュウ』の場合、それも殆どない。加えて、公開規模も小さく、公開予定地も現在の予定では東京・大阪・名古屋それぞれ単館1館のみ(東京・大阪は既に終了)とごくごく限られたものとなっており、相当の映画ファンでも作品の存在自体を知らない方の方が圧倒的に多いのではないかと思うのです。

 しかし、これが実に面白い! 『9/10 ジュウブンノキュウ』という作品の存在と、東條政利という新人監督の出現は、正に真の注目に値する一つの事件であるとすら断言してしまいましょう。彼の存在を、いち早く知り得た事は紛れもない「発見」であり、私は今、本作をもっと広く、一人でも多くの方に対して、大いなる賛辞と共にご紹介したいという衝動に駆られています。面白いと思える作品は、どんどんご紹介していきたい。心からそう思うのです。

 前フリが長くなりましたが、ここから本作のご紹介をさせて頂きたく思います。

【山奥の、とある洋館に青年たちが続々と集まってくる。高校時代、野球部の仲間であった9人による7年ぶりの再会。彼らは、豪華な食事を共にし、久方ぶりに昔話で盛り上がるが、それぞれの記憶にははところどころで細かな食い違いが見られる。「あれ? 俺たち9人だっけ? もう一人いたような……」「いねーよ。9人だよ」「いや、でも……」「あー、もう! 絶対9人!……だったよな?……アレ?……」 違和感を感じている中、やがて彼らは、今回の同窓会のメインと言えるタイムカプセルの開封を行うことになるのだが、タイムカプセルには10個の鍵穴があった。「やっぱり10人いたんだよ! でも、誰だ……?」】

というストーリー。

 ストーリーからもお分かり頂けるように、本作は会話劇を骨子とした密室ミステリーです。

 脚本は、監督も手掛ける東條政利と、なるせゆうせいの共同。

 出演は、中泉英雄・関谷正隆・武田裕光・藤川俊生・鈴木淳評・石澤智・吉舎聖史・黒川達志・金井勇太・兒玉宣勝という面々。『PAIN』『カミュなんて知らない』で個人的に大注目している中泉英雄の出演作というのが、私が本作を観賞した動機であるのですが、本作の出演者は、皆、揃いも揃っての好演。決して少なくないキャラクターの一人一人が、明確に描き分けられており、それぞれが個性を与えられ輝いています。

 密室劇と言えば、シドニー・ルメット監督による傑作:『十二人の怒れる男』(若しくはそのパロディである『12人の優しい日本人』)が真っ先に想起されますが、まず事件が存在し、それを巡る会話劇が展開されるそれらの作品と比べると、本作はまず何気ない会話劇が繰り広げられ、それがやがて謎を呼びドラマを構築していくという全く逆の構造であることがわかります。何気ない会話の羅列ということから、むしろ『レザボア・ドッグス』『パルプ・フィクション』などのクエンティン・タランティーノ作品に近いと言えるでしょう(私が観賞した際、舞台挨拶が行われたのですが、観賞後、このことを監督に賛辞と共にお話したところ、大いに頷いて頂きました。しかし、帰宅後、パンフレットを読んでみると、全く同じ事が書かれていて驚いたものです)

 密室における会話劇が生み出すサスペンスの高まりは、一見すると舞台劇を見ているようにも思えてきますが、本作は縦横無尽にカメラが動く長回し撮影や、カメラの視点の巧みな切り替えによって、随所で映画ならではの演出が試みられており、「ああ、映画を見てるぅ!」という充実感も存分に味わわせてくれます。本作の撮影監督はベテランの高間賢治が担当しており、照明は彼と度々タッグを組んでいる上保正道が担当。新人監督である東條政利を、ベテラン職人ががっちりと支えているといった風で、映画作りが多人数による共同作業であることを再確認させられると共に、皆で一つの作品を作り上げるという熱意と、その化学反応にも目を見張りました。特に、高間賢治による撮影は、冒頭から冴えに冴えており、「映画らしさ」をスクリーン一杯に充満させることに成功しています。巧みな撮影によるスクリーンの求心力によって、知らず知らずの内に作品世界にどっぷりと誘われることになり、その魔術的誘惑に酔いしれました。

 作中には、多少腑に落ちない点や、少々クドいと思われる部分が見受けられますが、全体の満足度は、それらを覆い隠して余りある物と言えましょう。冒頭からグイグイと観客を引っ張る演出力に魅せられ、なかなか奮った真相を経過した後のエンドマークまで、約86分。適度に締まった上映時間も嬉しいのですが、その上映時間中、些かも観客を飽きさせることなく見せきった手腕は相当なもの。大いなる充実感を胸に劇場を後にすることが出来たのですから、これは相当な歓びと言えます。

 作品の性質上、ストーリーにこれ以上詳しく言及することは避けますが、冒頭から大胆な仕掛けが施されているということくらいは明かしておいても良いでしょう。その仕掛けが、観客を心地良く振り回してくれるのです。貴方はこの謎を解くことができるでしょうか?

 本作1本で、東條政利は僕のお気に入りの監督となりました。目下のところ、次回作が最も楽しみな監督の一人です。

 本作は、名古屋での上映をもって、現在予定されている公開を終了しますが、その後も、地方上映を視野に入れた展開を志しているとのこと。貴方の街の映画館や映画祭などで上映される可能性はまだまだあります。もし、お近くで上映される機会が御座いましたら、是非一度ご覧下さい。きっと大いに満足して頂けることでしょう(尚、2007年中にはDVDリリースの予定もあるとのことです)

 新しい才能を、貴方も発見して下さい。

 それでは、また劇場でお逢いしましょう!!

9/10 ジュウブンノキュウ http://www.ccbb.tv/9-10/

 9人の仲間、10個の鍵穴。  思い出が。ひとり足りない。

2006/日本/86分/SALAMANDRA PICTURES=バイオタイド
監督:監督:東條政利 脚本:なるせゆうせい・東條政利 撮影監督:高間賢治 美術:斎藤岩男 出演:中泉英雄・関谷正隆・武田裕光

2006年11月20日号掲載

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