【番 外 編】
『靖国〜YASUKUNI』

映画は見られなければ
意味がない!


なぜ、これほどの騒動に?

 このコラムでは、私が実際に鑑賞した中から、おすすめの作品を選んで、皆さんに御紹介しています。しかし、今回採り上げる作品を、私はまだ鑑賞していません。よって、番外編とさせて頂きます。

靖国|劇場情報

 ここのところ、長編ドキュメンタリー映画『靖国 YASUKUNI』を巡る映画館の公開中止(自粛)騒動が話題となっています。TV・新聞・ラジオ・インターネットなど、様々なメディアがこの話題を採り上げていますね。御存知の方、多くいらっしゃると思います。

『靖国 YASUKUNI』の監督は中国人のリ・イン。1963年生まれで、現在44歳。1984年から中国中央テレビ局のディレクターとしてドキュメンタリー制作に携わり、1989年に来日。1999年製作の『2H』は、1911年の辛亥革命の時、その指導者であった孫文の参謀を務めた後、日本に亡命した老人の姿を描いた作品で、ベルリン国際映画祭最優秀アジア映画賞を受賞。2000年に日本でも劇場公開されました。続く『味』は、現在の中国が失ってしまった正統の山東料理を受け継ぎ、中国政府から唯一の日本人料理人として <正宗魯菜伝人> の称号を与えられている佐藤孟江さんの姿を、孟江さんの夫である浩六さんと共に捉えた作品で、2003年に製作・公開されました。一般的な知名度は決して高くありませんが、ドキュメンタリーの世界では最も注目されている監督の1人と言えます。

 そのリ・インが、10年もの年月を費やした執念の企画が『靖国 YASUKUNI』というわけですが、劇場公開直前に、まず都内のシネコンが公開中止を決定。続けて、公開の約2週間前になって都内4館&大阪1館が一斉に公開中止を決定しました。その背景には <右翼団体の上映妨害運動に対する懸念> があったといいます。しかし、『靖国 YASUKUNI』という作品、元々、それほどの知名度があったとは思えません。TVで大々的にCMが打たれるようなメジャー作品と、単館上映されるドキュメンタリー映画との間には、比べ物にならないほどその知名度に差があります。普段から細かく情報をチェックされている映画ファンならいざ知らず、そうではない人たちに『靖国 YASUKUNI』という作品のそん在は、ほとんど知られていませんでした。それなのに、これほどの騒動が巻き起こっているのです。なぜでしょう?

 そこには、ある女性国会議員が <『靖国 YASUKUNI』の製作費の一部として、文化庁所轄組織から助成金が支払われていること> を問題視し、作品の事前鑑賞を求めたという事実があります。試写鑑賞直後、彼女は本作に対して否定的な言動に終始し、これが各メディアで大きく採り上げられました。そのことが契機となって、初めて本作の存在を知った方、相当多くいらっしゃるはずです。この報道を受けて、「そんなにけしからん映画が公開されるのか! 断固として阻止しなければ!!」という動きが生まれたのでしょう。

 その公開中止を巡って、今度は映画ファンを中心に <公開中止に反対する動き> が出てきました。その結果、現在では全国約20館での公開が実現されそうだとのこと。

 しかし、当初から本作の公開を決め、ほとんどの劇場が公開中止を決定する中で、それでもなお、公開を決行しようとした名古屋シネマテークには、遂に上映中止を目的とする妨害行為を受け、延期を決定しました。また、それでも尚、 <映画館と観客の自然な関係> を一番と考え、正しい選択(←私はこれが絶対に正しい選択だと確信しています)として上映を予定している大阪・十三第七藝術劇場には、街宣車がやって来ているそうです。


映画は鑑賞されて、初めて完成を見る

 私は、ここで声を大にして言いたいのです。上映妨害なんてやめて下さいと。見たいと思う作品を見る機会を奪わないで下さいと。見たい人は見ればいいのです。見たくない人は見なければいいのです。その選択は自由な意志の下にあるべきであって、強制的に鑑賞させられることも、強制的に鑑賞させてもらえないことも、どちらもあってはならないことです。

 私は『靖国 YASUKUNI』をまだ鑑賞していません。 けれど、 かなり前から「見たい」と思っていました。鑑賞後、先述した女性国会議員と同じ感情を抱くかもしれません。そして、同じように否定的に論ずるかもしれません。けれど、見ることが出来なくてはそれすらも出来ない。作品を見ることも出来ない状態で議論などできないのです。

「議論はあって良い」と思っています。むしろ奨励します。色んな人が鑑賞して、活発かつ有意義な議論が成されれば、それはきっと我々の未来に対しても有益なこととなるでしょう。

 映画ファンとして私が思うことはただ一つ。「映画は、見られなければ存在している意味がない」ということです。「映画は鑑賞されて初めて完成を見る」と、ずっとそう思っています。映画に限らず、小説にしろ、絵画にしろ、彫刻にしろ、 <作品> と呼ばれるもの全てそうなのですが、実際に人々の目に触れなければいけないのです。それを目的として作られたものなのですから。そんな至極当然なことがないがしろにされて、本作が騒がれているという現状が、私にはとても悲しいのです。上映賛成派の中にも、その最も大事な点を忘れてしまっている方がいらっしゃるように思います。

 今回の騒動が、映画と映画館の健全な在り方というものを考える良い機会になることを願います。

靖国 YASUKUNI http://www.yasukuni-movie.com/contents/theater.html

2008年香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー映画賞受賞! 
2008年ベルリン国際映画祭招待作品 
2008年サンダンス映画祭正式出品 
2007年釜山国際映画祭招待参加作品
2007 123分 日本/中国  監督:李纓 撮影:堀田泰寛/李纓 編集:大重裕二/李纓  助監督:中村高寛 配給 : ナインエンタテインメント

5/10〜 大阪  第七藝術劇場 http://www.nanagei.com/
5月  名古屋 シネマテーク http://cineaste.jp/ 
6月  広島  サロンシネマ http://www.saloncinema-cinetwin.jp/ 
8月  京都  京都シネマ http://www.kyotocinema.jp/ 
予定  コミュニティシネマ松本CINEMAセレクト http://www.cinema-select.com/

2008年4月7日号掲載

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< さよなら。いつかわかること(2008/3/28) | 若松孝二 合同記者会見(2008/3/24) >

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