古今漫画夢現-text/マツモト

梶尾真治×鶴田謙二『おもいでエマノン』

ときめくより切ないフェリーのシーン

ある日、「おもいでエマノン」の紹介をアマゾンで見つけ、その説明をどこまで読んだのかも覚えていないがその夜に夢をみた。プロテスタント系教会の一角に子どものための遊戯室がある。小さな本棚が二段、子供の目の高さに配慮して設えられている。そこに2人の幼い姉妹がいた。2人は寄り添って部屋の中央に座り、絵本をよんでいた。

「君たちは誰?」

姉と思われる少女が私に説明してくれる。

「私たちは本から生まれたの。たぶん7歳か30歳。本を読んでくれる人がいるたび、私たちは生まれてきた。何度も、何度も、そして今日あなたが私たちをここに生み出してくれた。だからこの世界の出来事の何百年かをこの頭に記憶している」

私は突然の説明に驚き、戸惑った。しかし、2人の可愛らしさに目を引かれ、抱きしめようとさえ思った。が…ロリコンだと謗られる姿を想像して踏みとどまった。そして今日、なぜか前の日の夢が忘れられず、『おもいでエマノン』を購入する。紹介文はせいぜい、主人公に30億年分の記憶がある、という程度しか読んでいなかったはず。実際に読んでみると、何ということもない普通の少女は、何億年も生きているのではなく、地球の記憶を、世代を超えて脈々と引き継いでいくのである。夢と微妙に似ている。そこまで紹介文読んだ覚えはないが… ナップザック、粗いセーターにジーンズ、両切りのピースを加えた長い髪のエマノンは主人公の前に突然現れる。船旅で出会った、不思議な名前の少女。梶尾氏の文章だろうか、ナレーションに書き込まれる文章、言葉づかいは美しい。丁寧な説明で押しつけがましくなく、詳細でありながらシンプルな表現。鶴田氏の絵もまた、エマノンが印象的に描かれている。雪降る夜の寒々とした雰囲気と、フェリーの人ごみの雑多さ、食堂のやたらな広がりのなかで、彼女はしっかりとそこに居ながらも、どこか消えてしまいそうな予感を含みもっている。

エマノンとはnonameの逆読み、偽名ゆえに何度彼女の名を呼んでも実体として捉えることが叶わない[図-A]

儚さ、というのではない。どちらかというとミステリアスさに通ずる。エロティックではないのに色気がある。そんな彼女が何気なくよりかかるシーンは、ここでは最も彼女を身近に感じる瞬間として描かれる[図-B]。私としては主人公の男性に肩入れしてしまい、このシーンにはときめきというよりもむしろ切なさを感じてしまう。フェリーという、普段では体験しないような、そしてほんのひと時しかあり得ない舞台だからだろうか、エマノンの姿がいっそう際立って魅力を増している。地球の思い出として生きるエマノン。彼女はひょっとすると今この世界に息づいているのではないか…なんてまさか月並みで無責任なことを書く気はないが、なぜか懐かしいような甘い感覚が、読んだ後もぼくの頭の中に名残惜しく残っている。

2008年6月30日号掲載 このエントリーをはてなブックマーク

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w r i t e r  p r o f i l e
『おもいでエマノン』p.42
[図-A]『おもいでエマノン』p.42、梶尾真治×鶴田謙二、徳間書店
『おもいでエマノン』p.119
[図-B]同p.119 左下コマ
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