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 そこにあったものは入りマサキだった。
 その白っぽいクリーム色をした斑の色が、そこいら辺とはまるで別世界のように美しく感じていた。
 幼稚園から帰り、家で遊ぶのにも飽きた頃、時々家から目と鼻の先にある母の居る工場へ遊びに行った。遊びに行くと言っても母目当てという訳でもなく、それに中へ入るといい顔をされなかったから、ひとりで遊ぶことが好きだった僕は、板張りの建物とその斑入りマサキの生垣との狭い間に入り込み、密かに隠れることを楽しんだ。日の光に斑を透かして見るのが、大好きだった。新芽は殊更美しかった。
 
 ある日、いつものようにつくなんで斑入りマサキを見上げていたら、中で動く何かを見つけた。
 暫くじっと見ていたが、どうやら何かの虫であると気づき、立ち上がると傍に寄って更に観察した。
 それは、見たこともない虫で、這うときは体を伸ばしきったかと思うと、尻のほうを頭に近づけて体を撓ませ、また、頭を前にすっと伸ばして進むといった、実に変わった動きをした。かと思うと、虫の癖に立ち上がって、棒切れのように体をピンと一直線にしたりする。ユーモラスなダンスを踊っているかのような動きに、見とれていた。名も知らぬ虫に、感嘆していた。思わず手を伸ばして、捕まえていた。
 手のひらで、木の枝に居たときと同じように、体をくねらせ進んでいく。

 潰さないようにそっと手を丸め、逃がさないように握り込むと、他にも居ないかと目を凝らして探した。今まで見えなかった虫が、其処彼処に潜んでいるのが、見えてきた。
 興奮した。夢中だった。
 プリーツスカートの裾を捲り上げて、捕まえては抛り込み、這い出し掛ける虫を指先で摘んでは再び投げ入れ、気がつくと十数匹も捕まえていた。入れ物が欲しかったが何も無いので、またそっと一匹ずつ摘み上げて、手を丸めて閉じ込めた。嬉しくて、何度もそっと少しだけ手を拡げて、手の中で蠢く虫に見入った。
 ひとりでに、笑みが零れた。
 工場で働いている母に、どうしても見てもらいたくなってしまった。いつも、用もないのに余り来るなと言われているし、僕も分かっているから滅多に行かないのだが、今日は我慢できなかった。
 こんなにすごい発見をしたのだから、きっと母も喜んでくれるだろう。それに、この虫の名前も教えて欲しかった。胸の辺りで大事そうに手を合わせ、早足で工場の中へと入っていった。

「ママ……。」
 ガチャガチャと、自動編み機の大きな音に掻き消されて、その機械の前に張り付くように立っている母には、遠慮勝ちに掛けた僕の声は届かなかった。

 再び、少し大きめの声で、呼んだ。
 母にはやはり聞こえなかったが、その後ろで座って下仕事をしているおばさんが気づいてくれて、母を大きな声で呼んでくれた。
「ママッ!」
「どうしたの、来ちゃ駄目って言っておいたでしょ。なあに?」
 出端を挫かれて怯んだけど、虫を見せたい気持ちに変わりはなく、そっと手を拡げた。
 笑いながら、母の顔を仰ぎ見た。
 もともと、眉間に皺を寄せて不機嫌だったけど、一瞬強張ったかと思うと、耳をつんざくような悲鳴を上げた母の顔は、引き攣っていた。予想だにしなかった反応に、僕は吃驚して、思わず閉じていた両手が離れてしまっていた。
 手から零れてぽたぽたと床に落ちていく虫を、どうしようもなく見つめていた。
 社長以外は女性だけの職場のことで、悲鳴の波紋は拡がっていき、青ざめる母を筆頭に、おばさんたちも叫びながらパッと飛び退き、僕の周りから離れていった。
 すぐに、社長の奥さんが、奥からパタパタとスリッパの音を響かせて走って来て、がらりと引き戸を開けると工場の中に入ってきた。僕は、このおばさんが苦手で、なるべくなら会いたくないといつも思っていたので、悪いことをしたという意識はないまま、きっと叱られることになるだろうと、予測していた。
「何なの? 悲鳴なんか上げて。」

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2009年9月22日号掲載

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