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 そう言ったかと思うと、同じような声で悲鳴を上げて、後退った。
 僕は遅まきながらやっとのことで、みんなが虫を怖がっていることに気がつき、慌ててしゃがむと虫を拾い集め始めた。集めながらも、不本意だった。喜ばそうと捕まえてきた虫が、これほどまでに大人の女たちを恐怖に陥れる破目になろうとは、心外も甚だしかった。編み機の音が止まり、しんと静かになった中、暗澹たる気持ちで、可愛い虫たちをそっと拾い集めていた。
 
 母が、ほかのみんなに、特に社長の奥さんに、平謝りに謝っている。
 こんな筈じゃなかったのにと、恨めしかった。
 母の卑屈なまでに謝る姿を見せ付けられて、子供ながらに自分の所為でこうなったのだと思うと、顔を背けたくなっていた。ちらりと上目遣いに見ると、社長の奥さんは、赤っぽい色の縁の眼鏡を光らせて、その奥の意地悪そうな目を僕に向けていた。相当怒っている様子に、慌ててまた目を伏せた。

 手の中では、虫たちが蠢いていて、じわりと汗ばんだ手に動きが伝わり、こそばゆかった。
 頭を垂れながら、とても虫の名前を聞く状況じゃないことを覚り、残念さも味わっていた。
 結局、ごめんなさいと言いなさいと母に促されて、小さな声で謝った。もっと大きな声でと、再び言われて、震える声でまたごめんなさいと、言っていた。
「とにかく、早く捨ててらっしゃい。」
 叫ぶように母が言った。
 ひとこと言いたかったけど、言えば余計に癇癪を起こすのは目に見えているから、黙って外へ出た。外に出ると、とぼとぼと入りマサキの垣根の場所に戻った。

「おい、おまえ何したんだよ。母さんが吃驚してたじゃないか。」
「母さんが、吃驚してたじゃないか。」
 社長の息子たちが、時を違わず追いかけて来た。
 僕より二つ上のタカオと、一つ下のヒデキだ。仲がいいのかふたりはいつも一緒に遊んでいる。
 僕もふたりと時々は遊ぶけど、自分たちの親が経営する工場で働かせてもらっている母を持つ僕に、それを笠に着て、常々一段見下したような物言いをするので、好きではなかった。
 そしてふたりとも、その母親と同じように、意地悪だった。
 黙っていると、畳み掛けるように、また言った。
「何したって、聞いてるんだよ。」
「聞いてるんだよ。」
 
 例えば、一緒に遊んでいておやつ時になったとする。
 おばさんがおやつだと告げに来て、一緒に居る僕はどうしたものかといつも迷う。何故ならその時おばさんは、一緒にお食べなさいとは言ってくれないから。切り分けられた菓子を、兄弟は見せ付けるように美味そうに食べる。子供だから人が食べているのを見ると、余程嫌いなものでない限り、やはり内心欲しいとは思う。だが僕は、一人っ子の所為もあるかも知れないが、引っ込み思案で自分からそれを欲しいとは言えないでいる。そこで、おばさんが甲高い声でこう言うのだ。
「みぃちゃん、食べたいんでしょ? 欲しいんでしょ?」
 僕は暫し黙ったままでいる。
「欲しければそう言わなきゃ。黙ってちゃ分からないわよ。欲しいって言って御覧なさい。」
 半ば、強引に欲しいと言わされてしまう。
「欲しい……」
「そう、じゃあ、あげるからお座んなさい。」
 大人しく台所の椅子に座ると、二人が食べていた半分くらいを、皿に切り分けてくれる。
 なんで僕の分は二人の分より小さいんだろうと思うが、それは口に出来ずに、しょんぼりとしながらもありがとうと言う。しかし、皿に載った小さな菓子は、家と違って手作りのことが多かった。そうでなくとも、うちでは見ることもない高級そうな菓子だった。それに関しては、僕はいつも凄く羨ましく感じていた。

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2009年9月22日号掲載

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