銀幕ナビゲーション-喜多匡希

ブラインドネス

【 視力の喪失から見えてくるもの 】 あとで読む

ブラインドネス
©2008 Rhombus Media/O2 Filmes/Bee Vine Pictures

『シティ・オブ・ゴッド』『ナイロビの蜂』のフェルナンド・メイレレス監督最新作は、ノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴの小説『白の闇』を映画化した社会派パニック・サスペンスだ。

【突然目の前が真っ白になり、視力を失ってしまうという奇病が世界中で蔓延。治療法も見つからないまま、患者たちは強制的に隔離施設に収容されてしまう】
というストーリー。

 様々な人種が登場する。開巻直後、第一の発症者となるのが伊勢谷友介演じる日本人男性であるし、ガエル・ガルシア・ベルナルはヒスパニック系の青年や、ダニー・グローヴァー演じる眼帯姿の老いた黒人男性も重要なキャラクターだ。無論、白人も登場するが、中心というわけではない。国籍も、肌の色も、様々な人々が等しく登場する。これが本作を解析する上での肝だ。

ブラインドネス ©2008 Rhombus Media/O2 Filmes/Bee Vine Pictures

 序盤から中盤にかけて、“ 目が見えない”ことが、どれだけ不便なことであるかがじっくりと描かれる。私たちが、いかに視力に頼り切った生活を送っているか、執拗なまでに繰り返し見せ付ける。視力の喪失は、現代社会において、秩序の崩壊に直結するからだ。その証拠に、本作は信号機のアップから幕を開ける。あの赤・青の交通信号機だ。信号機がなければ、交通の秩序は直ちに崩壊するに違いない。事故や渋滞が多発し、世界中が混乱することは目に見えている。

“白の闇”という原作のタイトルそのものが、アメリカの白人中心社会を象徴している。本作の舞台が特にどの国であるのか明らかにはされておらず(ロケはブラジル)、敢えて特定しないというスタイルを意識的にとっているが、観る者の脳裏にアメリカが自ずと浮かび上がってくることはほぼ間違いない。本項の冒頭で【社会派】と記したのはそのためだ。

ブラインドネス ©2008 Rhombus Media/O2 Filmes/Bee Vine Pictures

“人種のるつぼ”なる異名をとる大先進国アメリカ。しかし、その歴史の影には黒人奴隷制度をはじめとする人種差別が猛威を振るっていた。その理不尽な差別の根源にあるのが視力だ。人種・肌の色で人間をより分けることはたやすい。しかし、それはあくまで表面上の違いに過ぎず、人間の本質を定めるものではない。しかし、実際はどうか? 痛烈な問いかけが本作にはある。

 患者たちを収容所に押し込めるのは、第二次世界大戦中にナチス・ドイツが行ったユダヤ人差別&虐殺を連想させる。その内部では、目が見えないがゆえに荒れ果てた悲惨な状況が展開。視力を失った世界で、ガエル・ガルシア・ベルナルが“第三病棟の王”として君臨し、独裁者として君臨する。ここで“暴力”が大いなる権力として機能するのだ。では、本作が暴力至上主義を標榜する作品であるのかというと、もちろんそんなことはない。この権力はほどなく崩壊。同時に収容所のシステムも崩壊し、患者たちは荒廃した外の世界に出て行く。暴力による圧政の脆さがここで表現されているのだ。

 しかし、既に外の世界は収容所と変わりない状況に堕していた。塀という囲いがなくなっただけで、完全な無秩序社会となっていたのだ。

 ほどなく、夫と離れることが耐えられず、患者の振りをして収容所に入所していたジュリアン・ムーア(つまり彼女は目が見える)が、ショッピングセンターで食肉貯蔵庫を発見。これは目が見えるからこその発見だ。持てるだけ持って仲間の下へ急ごうとした彼女を、周囲の人々が襲う。「肉だ! 肉の匂いだ!! 食い物だ!!!」 襲い掛かる人々は、獣を通り越してモンスターさながらである。ここで「ああ、『ゾンビ』だ。ロメロだ!」と直感した。

ブラインドネス ©2008 Rhombus Media/O2 Filmes/Bee Vine Pictures

 しかし、この直感は、ジュリアン・ムーアを襲撃する人々の姿を、その視覚的な部分だけを切り取ったものではない。前回『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』の項でも書いたが、現代ゾンビ映画の本家であるジョージ・A・ロメロ監督は、ゾンビ・シリーズ第2作である『ゾンビ』(1978)でショッピングセンターを主な舞台に据えている。本作のショッピングセンターは、あくまで舞台の一つでしかないが、このシーンが『ゾンビ』へのオマージュであることは明白だ。ロメロはシリーズ第1作『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド/ゾンビの誕生』(1968)と『ゾンビ』で黒人差別を告発しているし、その中間に発表した『ザ・クレイジーズ/細菌兵器の恐怖』(1973・日本劇場未公開)では、国家権力による国民の強制収容を描いており、本作のフェルナンド・メイレレスがロメロの影響を色濃く受けていることはほぼ間違いがない。そのため、本作はゾンビ映画ファン&ホラー映画ファンにとっても必見と言えるが、そもそもロメロ作品自体が単なるゲテモノと一線を画する社会性を有しており、その部分で通底するメッセージを本作に感じるのである。

 その通底するメッセージは、本作において、ダニー・グローヴァー扮する老いた黒人男性が口にする「目が見えなくなりゃ、白人も黒人もない」というセリフに最も端的に表れており、胸に突き刺さって来る。

 そして、こういった視力から生まれた差別に対するアンチテーゼを、文学という形で表現したジョゼ・サラマーゴの原作小説を、視覚的表現である映画に生まれ変わらせた部分に、逆説的な意欲が満ち満ちている。この挑戦的な一作を是非御覧いただきたい。

ブラインドネス  http://blindness.gyao.jp/

・第61回カンヌ国際映画祭オープニング作品
・第33回トロント国際映画祭特別招待作品
・第21回東京国際映画祭特別招待作品

原題:『BLINDNESS』

2008年 日本・カナダ・ブラジル PG-12指定作品 121分 配給:ギャガ・コミュニケーションズ

監督:フェルナンド・メイレレス
出演:ジュリアン・ムーア、マーク・ラファロ、アリス・ブラガ、伊勢谷友介、木村佳乃、ダニー・グローヴァー、ガエル・ガルシア・ベルナル、ほか

【上映スケジュール】
11/22(土)〜 
東京:丸の内プラゼール、新宿ピカデリー、渋谷シネパレス、新宿バルト9、ほか
大阪:梅田ピカデリー1、なんばパークスシネマ、アポロシネマ8、布施ラインシネマ、ほか
京都:MOVIX京都、イオンシネマ久御山
兵庫:109シネマズHAT神戸、神戸国際松竹、TOHOシネマズ西宮OS、ほか
そのほか、全国一斉公開

2008年11月10日号掲載 このエントリーをはてなブックマーク
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