< 1. 

 日付の変わる、2時間前。
 二人してバーで酒を飲み、いつもなら僕は車だから2杯で止めておくところを、酒が回り始めると久し振りに、否、本音を言えば、前に抱いてからこっち、何度もこの部屋に来たくて堪らなくなっていた癖に来ずにいたのだが、軽い酔いではそれも言い出せず、否、卑怯なのは承知の上だが自分から言い出すのは口惜しくて、とうとう何時になくハイピッチで酒を呷り、したたか酔ったところで、彼女のほうから、酔い醒ましにちょっと休んで帰ったほうがいいよと、言い出すのを待っていた。案の定、彼女はそう言った。
 それでも僕は、部屋に着いてからも、まだだらしなく躊躇っていた。
 僕の狡さの所為ばかりではなく。
 二人が入っているセクシュアル・マイノリティのサークルの話をしたり、それに伴う作業の片付けを少ししたりして、僕にはその意思が無いことを暗に匂わせると見せかけて、実は、自分の気持ちが逸るのを何とか鎮めようとしていた。彼女は、今はウシガエルの態だが、僕らのサークルの長でもあり、この地方ではアクティビストとしてのパイオニアでもある。彼女もマイノリティで在るが故に、また成し遂げたいことを考えれば尚更のこと、日の当たる場所を歩かなくちゃいけない人なのだ。付き合ったところで将来の約束など何も出来ない僕などのような奴と拘っていてはいけない人なのだ。不毛な関係は、彼女には似合わない。
 だから、まず彼女のために。

 しかし、彼女は僕以上に逸っていた。
 一通りやることを終えて、酔い醒ましに寄れと言い出したくせに茶の一杯も出されないまま、手持ち無沙汰に何となく尻の落ち着きが悪いと感じながら壁に凭れて時間を遣り過ごしていたら、彼女が身体を揺すりながらラグの上を膝で躙り寄ってきた。

「最近、また太った?」
「うん……。」
「何キロ?」
「4キロ太って、84キロ。」
「凄いね。」
「うん。そういうナイトは、すごく痩せたよね。」
「5キロ。」

 彼女の唇が、躊躇いがちにそっと重なった。 僕は無反応で、彼女の顔をじっと見つめた。
 目を閉じて近づいた彼女の顔は、やはり観賞には堪えなかった。
 しかし、僕は目を開けたまま、まだ閉じている彼女の唇を舌でノックした。待ち兼ねていたかのようにすぐさま薄っすらと開いたので、隙間から舌を差し込んで彼女のそれと絡めた。
 いきなり喘ぎ声を聞いた。
 僕も喘ぎそうになるのをぐっと我慢して、絡めて、絡めて、絡め取ろうとする程に、弄り続けた。そこで初めて、彼女の頭に手を廻した。廻したら、力を込めたくなった。僕よりも尚短い髪に指を差し入れ頭皮を鷲掴んでぐいと寄せると、ますます舌が絡み合った。無我夢中で貪り合い、少し落ち着きを取り戻した頃、唇を啄ばみ合った。啄ばむと、また貪りたくなり、それは無限に繰り返しても満足できないのではと思われるほどに焦燥感を伴い、長々と続いた。
 二人とも、息が切れていた。

> 3.

2009年5月18日号掲載

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