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「風呂、入りたい。」
「今から?」
「酔いが醒めないし。」
「じゃあ、入れるね。ちょっと待ってて。」

 風呂場へ向かう彼女の後姿に視線を送りながら、僕は服を脱いだ。
 脱ぎ捨てはしない。パンツのポケットの小銭をジャケットのポケットに移し替え、テーブルの上に置いたままになっていた車のキーなどの小物をポケットに収めるとハンガーに掛けて、何故か部屋の中央の仕切り戸を取っ払った鴨居に取り付けたフックに吊るした。洗って干して乾いたまま吊るしてある彼女のメンズXLの色褪せたトレーナーの横で、僅かに揺れている。なんでこんな場所にこういうものを取り付けるのか、意味が分からない。
 頭を横に振ると、午前零時を回った掛け時計が見えた。

「あれ、もう脱いじゃった。まだ、だいぶ掛かるよ。」
「ああ。」
「明るいけど、脱いじゃって、平気?」
「あ、ああ。」

 君の前だと、もう大丈夫なんだ、裸を見られても、平気だ。
 君の前だけなんだ。
 寧ろ、君にだけは見せたい、見て欲しいんだ。

「細い。すごく痩せてる。」
「歳取って痩せると、駄目だね。弛んじゃって、見られたもんじゃないや。」
「ミーティングのとき、思ったの。胸も、おなかも、ぺったんこだって。」
「様あないや。」
「おっぱい、小っちゃくなっちゃったね。」
「それは、願ったり叶ったりだけどね。」
「それはそうなんだろうけど、あたしはナイトのおっぱい、前から大好きだったよ。」

 繁々と僕の体を眺められて、些か恥ずかしくなってきた。

「もう、入るよ。」
「あ、まだ、溜まってないよ。」
「いいよ。」

 彼女の言ったとおり、底の方に少ししか溜まっていなかった。
 タイルの床にそのまま設置された縁の高いバスタブから、前屈みになりながら湯を汲み出していると、彼女もやって来た。狭い所為で、洗い場で身を寄せるように二人で突っ立っている。僕がちょっと上体を引いて、さっき僕がされたように繁々と身体を眺めてやったら、照れたようにニヤリと笑った顔が、尻窄みに歪んだ。

「あのね、最近、陰毛が濃くなってきたんだけど、なんでだろ。」
「擦る作業が、足りないからじゃね? 励めよ。」
「誰とも、してないよ。出来ないよ。ナイトはあれから誰かとした?」
「さあ、どうだろ。」

 雲行きが怪しくなってきたので、僕は黙って丁寧に掛け湯をした。

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2009年5月25日号掲載

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