雪に願うこと

 既に、都市部での公開は終盤に突入していますが、それでも敢えてご紹介したいと思える作品に巡り逢うことができました。

 今回、ご紹介するのは『雪に願うこと』という作品。

 昨年の東京国際映画祭において、グランプリ・監督賞・主演男優賞・観客賞の四賞受賞という、映画祭始まって以来の快挙を成し遂げた日本映画であります。

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【北海道出身の矢崎学は大志を抱いて東京へ赴き、貿易会社を設立。事業で大きな成功を手にし、幸せな結婚生活を送っていたが、とある事故をきっかけに会社は倒産。母・兄を裏切るような形で東京での生活を満喫していた彼は、突如奈落の底に叩き落されてしまう。傲慢な性格が災いし、妻や友人たちにも見限られてしまった学は、やむを得ず、恥を忍んで兄の威夫を頼って帯広へと帰ってきた。威夫は一年を通して北海道を巡業する公営ギャンブル:ばんえい競馬の調教師。威夫は、学の長年に渡る不義理をなじりつつも、見習いとして雇ってやることに。学はそこで、まるで自分と同じようにお払い箱になる寸前の競走馬:ウンリュウと出会うのだった……】

というストーリー。

 原作は鳴海章の長編小説『輓馬(ばんば)』。

 監督は『絆』『透光の樹』の根岸吉太郎。

 学には伊勢谷友介、威夫には佐藤浩市が扮している他、小泉今日子・吹石一恵・香川照之・小澤征悦・椎名桔平・津川雅彦・でんでん・山本浩司・草笛光子・山崎努といった実力派俳優が多く出演しています。

 <ばんえい競馬> は、現在、存続の危機にあると言われる公営ギャンブルで、北海道でしか見られない競技だそう。何百キロものソリを曳き障害を越えるという、輓馬によるレースで、騎手は馬上ではなく、ソリの上に立って綱を引き、鞭を振るうのです。通常の競馬とは異なり、芝の上を力いっぱい疾走するのではなく、土で作られた起伏に富んだコースを、人間が軽く走る程度の速さでゴールを目指すというもの。そのため、レースに出場する馬は、通常の競走馬と比べて遥かに屈強な体つきをしており、実際に画面に呈示されるその体躯には思わず圧倒されてしまいます。この迫力はスクリーンで観賞してこそのものと言えるでしょう。そういった馬体の力強さに負けない北海道の自然描写や、俳優陣の巧演によって綴られる人間ドラマの繊細さが、渾然一体となって、実に見応えのある日本映画を生み出しました。

 名を知られた、しかも個性の強い俳優が多数出演しているというのに、本作における彼らには、「俳優」という職業を忘れさせてしまうほどのリアリティがあります。特に厩舎内の人物を演じる俳優陣は、「その役を演じている」という印象は皆無で、しっかりその人物として作品内で息づいているという錯覚すら覚えるほど。中でも、本作の演技で、昨年度の東京国際映画祭において、最優秀主演男優賞を受賞するという栄誉に預かった佐藤浩市は、彼のこれまでのフィルモグラフィーにおいても傑出した名演を披露しており、彼の演技が、本作の出来を一段も二段も引き上げたと言って過言ではありません。佐藤浩市の迫真に迫った演技が、若手俳優(伊勢谷友介・吹石一恵)の醸し出す一種の「馴染めなさ」を、そのキャラクターが持つ異物としての存在感(東京から北海道に戻ってきた転落者と、紅一点の女性騎手)として抽出し得ており、彼らのぎこちなささえも適切なものとして包括してしまうという結果に繋がっているのです。その懐の広さに思わず「上手いなあ……」と呟いてしまうほど。

 北海道の自然や、輓馬の在りのままの姿を中心に据えながら、その周囲で人間ドラマを構築するという、なかなか困難と思われる作品を、これだけ豊かな物に仕上げた根岸吉太郎監督に惜しみのない賛辞を贈りたいものです。「これぞ、日本映画!」と快哉を叫びたくなるほどの情感豊かな描写に、深い感動を覚えた次第です。説得力を失わず、現実感を孕ませた甘過ぎないラストにも好感を抱きました。

 さて、最後に、本作についてもう一つだけ記しておきたい事があります。

 それは、本作に故・相米慎二監督の影がチラチラ見え隠れするということです。相米監督の遺作となった『風花 kaza-hana』の原作が本作と同じ鳴海章の手による物だということや、本作のスタッフに『風花 kaza-hana』を手掛けた人々(最後期の相米組)が再結集しているということも、その大きな要因であるのでしょうが、それ以上に、作品全体の持つテイストが、思わず相米タッチを連想させるものであるように思えるのです。相米監督の早すぎる死は、紛れもなく日本映画界の大いなる損失に他なりませんが、生前の相米監督が遺した作風・魂は、彼の死後も綿々と受け継がれ、息づいているのだなあと。そのことが大変感慨深く、同時に相米監督が遺した足跡の確かさを噛み締めたものです。

 本作、そろそろ都市部での公開が終了し、これから。地方での公開が多く予定されています。地味な作品ながら、実にしっかりとした風格を兼ね備えた秀作を大いにおすすめしたいという衝動に駆られて、思わず本作をセレクトしてみました。是非、多くの方に観賞して頂きたい作品です。

 また、映画館でお逢いしましょう!!

雪に願うこと

2005/日本/112分/配給 : ビターズ・エンド
監督 根岸吉太郎 出演:伊勢谷友介 、佐藤浩市 、小泉今日子 、吹石一恵 、香川照之

2006年6月19日号掲載

< サイレントヒル(2006/7/3) | ヨコハマメリー(2006/6/5)>

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