ついに裁判員制度の導入が決定し、裁判まわりを題材にした作品もだんだんと注目されてきた。最近では北尾トロの『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』がマンガ化されたり、あの『中華一番!』の小川悦司が裁判員ものを扱った『アストライアの天秤』が連載されたりしている。数多くある作品のなかでぼくが出会ったのは、麻生みことの『そこをなんとか』。新人弁護士の改世楽子が、バイト先のつてを頼って事務所に転がり込み、なんとか経験を積んでいく話だ。
この作家さんの存在を知ったのは本当にこの間だ。good!アフタヌーンという雑誌が創刊され、京都の長屋が舞台の『路地恋花』という作品が掲載されていた。細い線で書き込みも多くはない絵柄ゆえ、登場人物は男女を問わず触れたらポッキリと折れてしまうんじゃないかと余計な心配をしながら読み始めたのだけど、意外とこれがいい。“行間を読ませる”というのだろうか、台詞回しの簡潔さゆえに読者がある程度キャラクターの言わんとするところを汲みながら読む必要があるのだけど、それが苦痛ではないのだ。ふわっとした描線と人々の豊かでコミカルな表情が、「読み」という作業を行う読者をやさしく包んでくれる。気付いたら物語の世界にとっぷり浸かっていた、という心地よい体験ができる作品だ。
そんな世界を紡ぎだす作者が弁護士ものを描いている。法律がらみだから情報量も多いし、裁判となると人々の思いも複雑に交錯する。そんな世界を描いているのになぜか読んでいて心地よいのは、物語の筋がビシッと一貫しているからかもしれない。どんな作品でも分かりにくい内容を読み解くのは実に精神力を要する。それに加え、憎しみ、後悔、悲しみなど負の感情が入ってくればもうグッチャグッチャ、読んでいて辛くなってしまう。あるいはそれを「読み応えがある」とも言うのだけど、やっぱり読み易いのに越したことはない。この作品の“しっかりとした筋”は、主人公である改世楽子の性格によるところが大きい。彼女は決してブレないのだ。迷ったり、困ったりこそするが、彼女自身は自分に素直に従い、行動している。その強さが、この作品をしっかりとしたものにしているのではないだろうか。
しかし、そんな世界で改世楽子という名前から前向きなキャラが主人公なのは、実はすごく良い選択なのかもしれない。「水商売してんのにスレてないし、若いのに苦労人で打たれ強い」彼女が前向きに頑張っていく様子は、読んでいて気持ちが良い。つい応援したくなる気にもなる。もっとも、こんな子がタイプだと言ってしまえばそこまでなんだけど…。
ちなみに、ぼくが好きな話は現時点で第4話だ。楽子の大家さんが亡くなり、遺産争いが勃発する。遺言執行者として指定されたのは、楽子。大家さんの豪放な金の使いっぷりに呆れ、それでも取れるものは取っていこうと構えている遺族。彼らの好きにさせないよう走り回る楽子の奮闘ぶりが楽しめる内容である。最後に発見された大家さんの辞世の句もすばらしい。
しかしこの作品からあふれ出すみずみずしさを見ていると、麻生みこと氏はこれからもっと大きくなるんじゃないかと期待してしまう。こんな若造が言うのも何だが、もっともっと読ませてほしい。ちなみに、これを読んでから過去の作品『天然素材でいこう。』と『GO!ヒロミ、GO!』を全巻買わせていただきました。